13 夫婦の語らい
こうして屋根の下で、そして寝台の上で寝るなど実に久しぶりのことだ。
とはいえ、眠りはなかなかレクセリアのもとには訪れては来なかった。
ある意味では、当然のことである。
リューンはついに……腹を決めた、らしい。
確かに兄であるシュタルティス二世は、暗君としか言いようがない。セムロス伯の専横を許したばかりか、ついに異国ネヴィオンの兵と、セヴァスティスという残虐な嗜好を持つ将軍さえも国内に入れることを許した。
その結果、ナイアスでの惨劇が起きた。
一方のエルナス公ゼルファナスも、セムロスの都でやはり民を殺戮した。「涙の虐殺」などと呼ばれ、なかにはゼルファナスを美化する愚か者もいるらしいが……レクセリアにはわかっている。
ゼルファナスは、あの世にも美しい従兄弟は、すべてを愉しんでいる。殺戮すらも彼にとっては娯楽なのだ。
国王派についても、エルナス公派についてもアルヴェイアの未来は暗い。
だからリューンは……言うなれば「第三勢力」をつくりあげようとしている。
正直にいって、レクセリアは悩んでいた。
なるほど、リューンという男が大した者だということはわかった。それにこの乱世だ。確かに、リューンほどの実力があり、さらにウォーザ神という神性の加護もあるのならば、ある程度のところまではいくかもしれない。
だが、リューンは自分が誰を敵にまわすのか、本当に理解しているのだろうか。
レクセリアは、王家の出である。王家など、いまのアルヴェイアでは飾りなすぎないことも十分に承知している。
だが、それでもあれだけ無能な兄王に領主の半分がついていくこと自体、いまだ王位にはそれなりの権威がある証拠なのだ。
極論してしまえば、いまの諸侯たちにとって王など誰でもよいのだ。昔からの、遙かネルサティアの太陽王、さらには太陽神ソラリスその人の血をひく「黄金の血」の血統に連なる者であれば。
だが、それ意外の者が王位に就けば……三王国の根底が、ゆらぐ。
リューンは「嵐の王」であるという。
いままで三王国の王は、公然と名乗らずとも「太陽の王」と人々には見なされてきた。長い間、王は太陽であり、それが人々にとってはごく自然なことだったのだ。
だが、リューンはその常識そのものをひっくり返そうとしている。
確かにいまが激動の時代であることは確かだろう。しかし、人々が果たしてついてくるか。
民は、あるいはついてくるかもしれない。彼らのなかには、現在の無能な王家も、私利私欲に走る領主である貴族にもうんざりだ、という者は少なからずいるだろう。
だが、肝腎の貴族諸侯は、どう考えるか。
傭兵あがりの「嵐の王」などという存在を、認めるわけがない。
数百年にわたり支配者として君臨してきた者たちが、一朝一夕に考えを改めるとは思えない。伝統というものは、そうしたものだ。一年一年、月日を重ねるごとにそれは重みを増していく。
さらには貴族の特権意識は、そう易々とひっくり返せるものではない。
貴族は、平民とは別種の人種である。生き物として、というわけではないが、ほとんどそのように考えている貴族たちが多い。
否、貴族も平民もみな同じ人間、と考えるレクセリアのような者こそがむしろ異端なのだ。
王の下に貴族がおり、その下に騎士たちがいて、さらに下に民がいる。
それは、太陽が東から上り、西に沈むのと同じような「常識」なのだ。
その「常識」を、リューンはひっくり返そうとしている……。
「俺が馬鹿な夢を見ている……と思っているか?」
それを聞いて、レクセリアは体をすくませた。
リューンは、隣の寝台に寝ている。本来、ここは村長夫妻の寝台なのである。
「いえ……そのような……」
「嘘いうな」
二人でいるときは、リューンもレクセリアも互いに言葉に遠慮がなくなる。なんとなれば、彼らは「夫婦」なのだから。
「お前がなにを考えているかくらい、俺にだってわかる。無謀だ、無茶な賭けだ、王家の権威と貴族たちのことをなにも考えていない……そう思っているだろう?」
確かにすべて、読まれている。
「いや、俺もそう思うよ。実際、俺がこれからやろうとしてることは……ある意味、恐ろしいことだ。帝国の頃からの、このセルナーダの歴史を根っこからひっくり返すようなもんだからな」
そこまでリューンは、ちゃんと認識しているのだ。
「勝ち目は……正直、あるかどうかはわからねえ。ただな……俺は、どうにもこう、気にくわねえんだ」
リューンは、低い声で言った。
「どうにもな……傭兵なんてやってると、人間の汚いところばかり見ちまうもんだ。きれい事いくら言っても、戦は所詮、殺し合いの、奪い合いだ。そんなことはわかってる。でもな……」
深くリューンが息を吸い込む音が聞こえた。
「あの……セヴァスティスの野郎と、エルナスの殿様のやり方は気にくわねえ……いままでさんざん人、殺してきた俺のいえた義理じゃねえかもしれないが……たぶん、あいつらは……人の命なんて、それこそなんとも思ってねえ」
それは、レクセリアも感じていた。
特にエルナス公ゼルファナスは、危険だ。あの男は、人の命をなんとも思っていないというよりも、人を殺すことを愉しんでいるようにさえ思える。
「戦が起きるのは仕方がない。戦がなけりゃ傭兵は食えない。でも、それでもやっていいことと、悪いことがある。国王派も、エルナス公派も……それを破った。このままじゃあ、どっちが勝ってもとんでもない数の死人が出る。いや、それどころか……どうにも、あのエルナスの殿様は……」
しばし、沈黙が落ちた。
「いや……『ゼルファナス』は、あれは……最初から人を殺すために戦をしてるだけなのかもしれない」
「なぜ、そう思ったのですか?」
実のところ、それはレクセリアの考えていたこととまっくた同じだった。
「なんていうかな……『涙の虐殺』だったか……ゼルファナスほど頭のいい奴ならば、本当はあんなことをやっても、かえってまわりがびびって逃げるだけだって、わかっている気がする」
それはレクセリアも同感だった。
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