12  大望

「ところがここからがまたおかしな話で……セムロス伯の息子を寝返らせたエルナス公は、セムロス市内に無血入城を果たした。ところが、ここでエルナス公は、五万の市民を、泣きながら虐殺したそうです」


 レクセリアの背筋に冷たいものが走った。

 エルナス公ゼルファナス。あの美しく、どこまで冷酷な男ならそれくらいのことは平然とやるだろう。


「これについちゃ、諸侯も民衆も、評価がわかれているみたいですね。なんでもエルナス公はセムロスの領民の頭を下げながら、殺したということで……エルナス公を支持する奴らは、これこそがエルナス公の真の人徳を示すものだと主張してます。つまり、セヴァスティスが五万人を殺したのにこちらがなにもしなければ、みんながセヴァスティスをおそれてかえって国王派についてしまう。だから、こちらもいざとなればセヴァスティスにおとらぬという『覚悟』を見せている、っていう理屈でして……」


 馬鹿げた話だ、と思いたいが、そう考える民衆や諸侯の気持ちもわからなくもない。

 つまり、すでに人々は誰もが、いままでの大義名分のようなものが通用しない時代になったと認識しているのだ。五万もの人間を殺せる軍勢がいるということは、もし彼らに刃向かえば、自分たちも殺されるという恐怖心を生み出すことになる。

 だからこそ、エルナス公はセヴァスティスに対抗するために、五万の民を殺さなければならなかった、という理屈もなりたつ。

 侮られれば、負けなのだ。

 しかし、恐怖と恐怖がぶつかりあっても、その行く先にあるのは際限なく続くむごたらしい殺し合いだけではないのか。


「気にくわねえなあ……」


 リューンが、再び盛大に舌打ちした。


「どうにも、セヴァスティスも、エルナスの殿様も気にくわねえ。もしこれが、兵士同士が戦で戦って五万人が死んだ、とかなら仕方ねえ。それに、戦で負けたほうの領地が略奪をうけるってのは……言ってみりゃ当たり前のことだ。それがいいことは言えないが、そんなこといったら俺だっていままで相当にひどいことしてる……だけどな」


 リューンの青と銀の瞳には、まぎれもない怒りの光が宿っていた。


「こりゃあ……どっちもやりすぎだ! 奴らは本当に、戦をしてるのか? なんだか俺の目には……『戦を口実にして人を殺すことを愉しんでいる』ようにしかおもえねえ」


 レクセリアは同意した。


「陛下の仰る通りです。セヴァスティスも、ゼルファナスも……民のことなど考えてもいない! 彼らはただ、無益な戦に人々を駆り立てているだけです!」


「まあ、とりあえずそれで怒っていたところで、仕方ないですよ」


 いままで黙っていたカグラーンが、重い口を開いた。


「とにかく、いまアルヴェイアが完全に二つに割れてるのはわかった。で、問題はここからですよ。俺たちは……どうするんですか? 兄者……いや、陛下はすでにグラワリア王を名乗っているんだから、グラワリアの連中が玉璽と『王位僭称者』の首を狙ってくることはわかりきっている。さらにいえば、レクセリア殿下はアルヴェイア国王の王妹で、ものすごい政治的な価値がある。いずれにせよ、俺たちはどちらにつくか、旗幟を鮮明にしなきゃならない……」


 確かに、カグラーンの言う通りではある。

 とはいえ、相変わらず臆病な兄と、セヴァスティスという残忍な男に率いられた国王派には加わりたくない。

 かといって、ゼルファナスに与するのもまた、レクセリアの感覚からすれば論外である。確かに、ゼルファナスには美貌だけではない、魔力的とすらいえる魅力はあるだろう。

 だが、あの美しすぎる従兄弟がきわめて危険な人間であることをレクセリアは知っていた。それが証拠に、本来、殺さずともよさそうなセムロスの民まで五万人も殺しているのである。おそらく、ゼルファナスは殺戮そのものを愉しんでいたに違いない。

 それは、レクセリアの本能的な直感だった。


「気にくわねえ。国王派も、エルナスの殿様も、どっちもどっちだ。人を殺すために戦をしてる連中なんてのは……ろくなことをしでかさない」


「じゃあ……兄……いやその、陛下、まさか……」


 カグラーンがただでさえ大きな目を、さらに見開くようにしていた。


「ああ……こうなったら、仕方ねえだろ」


 レクセリアは思わず息を呑んだ。

 国王派にもエルナス公派にも加わらないとすれば……。

 残る答えは、一つしかない。


「おそらく、これからアルヴェイアは荒れる。エルナス公と国王との大げんかで、どえらいことになる。いろんな貴族どもがそれで喧嘩をはじめて収集がつかなくなる。だが、逆にいえば……これは、大した好機って奴かもしれねえ」


 ふいに、まるで野生の獣のような笑みをリューンは浮かべた。


「世の中が荒れれば、野盗どもも増える。別にそんなものをやりたくなくとも、あちこちで略奪やらなにやらで流民が増える。奴らに必要なのは、まず食い物だ。そして、次に……奴らには『目的』ってもんが必要だ」


 目的。


「では……陛下……」


 レクセリアの言葉に、リューンがうなずいた。


「国王があのていたらくで、エルナスの殿様も人殺しが愉しくて仕方ないってんなら……二人とも、王様でいる資格なんてねえ! いずれ、アルヴェイアじゅうの連中がそう思うはずだ! だったら……この俺が、かわりに王様になってやればいい」


 しん、という沈黙が落ちた。

 誰もが心の中では、ある程度、予想していた言葉ではある。

 すでにリューンは「グラワリア王」という称号を頂いている。誰もが認めるものはいないが、少なくともガイナス王がリューンを後継者に認めたのは事実なのだ。

 続いてリューンとしてはいささか腹立たしいが、嵐の王としてウォーザ神もさまざまな超常の加護を与えてくれた。


「決めたぞ……よし、決めた」


 リューンは、笑いながら言った。


「グラワリア王位だけじゃものたりねえ。よし、こららでついでに、アルヴェイアの王にもなってやろうじゃねえか。それで、俺とレクセリアで夫婦仲良く、二つの王国の主となる……ってのはどうだ?」

   

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