2 人狼の民
「でも、結局……世の中は、なるようにしかならねえ。性悪な宿命の女神ファルミーナが『宿命の書』に俺たちのことをどう書いているかは知らないが、そんなもの、気にしたところでどうしようもねえ」
そうは言いつつ、リューンもまた、幾人もの仲間たちの命を背負い、その重圧と戦っているのだ。
以前にもまして、リューンは強くなった、と思う。
それは、単純な、戦闘能力といったものとはまた違う強さである。
かつてのリューンはよく言えば自由闊達だが、逆に言えばどこかいい加減で、無責任なところがあった。もともとが流れ者の傭兵の親玉だったのだから、それもある意味では当然のことではある。
だが、いまのリューンはもう、ただ戦っていればいい、というわけではない。
幾人もの仲間の命を背負っている。それだけではなく「王」としてさまざまな判断を冷静に下さねばならないのだ。
たとえばレクセリアがアルグにさらわれたとき、レクセリアをあえて見捨てて仲間の命を守る、という決断をしていたとしても、それはそれで決して間違ってはいない。
しかし、リューンはレクセリアを救出することを選んだのだ。
そのために、多くの仲間が死んだ。だから、レクセリアはいまだにその点で負い目を感じているのだが……リューンは、そのあたりのことは割り切っているらしい。
いや、実をいえば、リューンにしたところでまさにそれが断腸の思いだったことは、レクセリアにもわかっている。
だが、リューンはその重責に堪えた。否、これからも耐え続けなければならないことを、学んだのだ。
もし、これから本当に王への道を、覇道を目指すのであれば……幾人もの屍を踏み越えていくことになる。
すでに、リューンはその決断をすませていた。
いままで、レクセリアはアルヴェイア王宮の青玉宮で、幾人もの貴族諸侯たちを目にしてきた。また、ガイナスや兄のシュタルティスのような、本物の王も目にしてきた。
果たして、彼らにどれほど、いまのリューンのような覚悟があるだろうか。
兄王のシュタルティスは論外だ。兄は驚くほど物事が見えているようでいて、恐ろしく簡単なことがわからないことがある。くわえて、その臆病さは、すでに正気の域から逸脱しかけているようにすら思える。
ガイナスは戦にかけては強かった。少なくとも武威という意味では、完璧な王だったが、統治者としてはこれまたお話にならない。ガイナスは国のために戦争をするのではない。戦争のために戦争をする男だった。
他にもレクセリアの知る貴族たちで、リューンに比肩しうるような、ほとんど異能ともいえる力を備えているすれば……。
(エルナス公ゼルファナス……)
あの男は、一見するとリューンとは対局にいる優男だが、その怪物じみた内実を、レクセリアは知っている。
あるいは、いつかリューンもエルナス公と戦う日がくるのだろうか。
だが、いまはそんなことを考えているどころではない。とにかく、このアスヴィンの森から出ないことには、いつ残った百人が死んでもおかしくはないのである。
(実際……私たちは、生きてこの森を出られるのだろうか)
また、どす黒い不安と恐怖が心の深奥からせり上がってくる。
恐怖に呑まれたら終わりだと理解はしていても、やはりこのアスヴィンの森はあまりにも忌まわしすぎるのだ。ここはおよそ、正気を保つのが難しい場所なのである。
いまもどこか遠くから、魔獣の泣き声らしいものが聞こえる。さらには、狼の遠吠えらしいものもその声には混じっていた。
狼。
セルナーダの地では、狼を嫌う者がいる一方、たとえば先住民系の伝承では、狼は嵐の王ウォーザの使いともみなされている。
「あの声は……」
「狼、だな」
リューンがうなずくと獰猛な笑みを見せた。
「さて……今度は、敵か味方か……」
その瞬間だった。
黒々とした木々の間から、いきなり二匹の狼が、飛び出してきたのは。
「!」
リューンが剣を構えた瞬間、二匹の狼は突然、淡い燐光のようなものを放ち始めた。
アスヴィンにはさまざまな種類の怪異があり、すでにレクセリアもその幾つかを目にしている。
だが、狼がいきなり光り出す、というのは初めてみた。
「こいつら……なんかの魔獣か? おい! みんな起きろ! なんだかよくわからねえが……」
が、それきり、リューンはぽかんと口開けて呆然としているようだった。
それも、無理のないことといえる。
リューンの眼前で、二匹の狼はその姿を変えていったのだ。
獣だったはずのものが、まるで人間のように四肢が伸びていく。同時に銀色の毛に覆われていたその顔の鼻面のあたりがひっこんでいくのと同時に、頭蓋骨の形までもが犬に似たそれから人型へと変形していく。
やがて……二人の、驚くほどに美しい男女がリューンたちの前に現れた。
月影がその銀色の髪や白い肌を洗っている。
男のほうはかなりの長身で、しかも美男である。
一方の女のほうも女性にしては背が高く、やはり美しい顔をしていた。
二匹の狼が、気がつくと、二人の人間に化けている。
伝承では、このような存在がいることをレクセリアも知っている。しかし、実物を見るのは初めての経験だった。
「これは……人狼……」
レクセリアの言葉に、男のほうがうなずいた。
「あなたさまは、『嵐の王』の奥方とお見受けします。それに相違ございませぬか」
レクセリアはあっけにとられながらも、うなずいた。
「我らは人狼の民。遙か古より、神々の王であられるウォーザの呪いにより、人と狼の狭間を彷徨う民です。このたび、我らが神の命により、『嵐の王』のもとに参上つかまつった次第です」
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