8 嵐の予感
「しかし、いまのアルヴェイアの貴族諸侯は、そうそう、これほど愚かではない。彼らは彼らで、今頃、心の天秤を揺り動かされているはず。果たして国王側につくか、それとも我らにつくか……」
「やはり、セヴァスティスをネヴィオンから呼び寄せたのは……ディーリン卿としても賭けだった、ということですな。しかしはて、その賭けにディーリン卿は勝ったのか、あるい負けたのか……」
それを聞いて、ゼルファナスがふと無邪気な少年のような笑みを浮かべた。
「勝った、といえば勝ったのでしょう。なにしろ、我らが同志、ナイアス候は敗れた……とはいえ、あの御仁は『心の戦』で負けたようなものですが」
事実、ナイアス候ラファルは、突如、乱心し、いきなり攻城戦のさなかにあった自らの治めるナイアスの都で領民たちに虐殺を始めたのだった。
そこで城門を押し開け、外に出た一般の領民たちが、今度は外で待ちかまえていた、セヴァスティスの率いる王軍に殺されたのである。
確かに、勝ちはした。ナイアスという王都メディルナスのすぐそばにある城塞都市は陥落し、エルナス公側からすれば大きな失点となった……と、少なくとも他の諸侯たちは見るだろう。
とはいえ、そのあとの残虐行為は、相当に酷いものだった。まともな神経を持つ諸侯なら、王軍……特にセヴァスティスのそばでは戦いたくないし、また敵にもまわしたくないと考えるだろう。
そうした意味では、この賭けは勝敗がいまいち、まだはっきりとしていない。
ただ、誰もが「王軍はやりすぎだ」とは考えているだろう。
くわえて、王軍で果たして誰か手綱を握っているのか、という疑問もある。
一応、国王が直率しているというのが建前だが、国王シュタルティスが飾り物にすぎないのはいまのアルヴェイアなら五歳の子供ですら知っている。
もし実質的にセムロス伯ディーリンが軍勢を率いているのなら、ディーリンはセヴァスティスを御し切れていない、ということになる。あるいはすでに、王軍は実質、異国のネヴィオン人であるセヴァスティスに乗っ取られている可能性もあるのだ。
とはいえ、勝てばいい、という見方からすれば、やはり一応、勝利をおさめている王軍につく者もいるはずだ。
とはいえ、王家とネヴィオン人に対する反感から、エルナス公側につく者も少なくはないはずだ。
「おそらくは……五分、といったところでしょうな」
ウナス伯が、仮面の奥からくぐもった声で言った。
「なにしろ今回の戦……負けた者は、あとがない。これは、おそらくはアルヴェイアを二分する戦となりましょう」
「ふむ……だが、相手があの暗愚なシュタルティスに半アルグというのはどうにも」
半アルグとは、セヴァスティスのことを侮蔑している表現である。
「しかし王軍に諸侯のうち、誰かつくかはいまだ、未知数ですぞ」
「とはいえ、アルヴェイアの諸侯など、たかが知れている」
ゼルファナスがその闇のような目をすっと細めた。
「私がいま考えているのは……まったく、違う可能性だ。あるいは、今度の戦……いままで、想像もしなかった者たちが、加わる可能性がある」
「と申されると?」
ウナス伯の問いに、ゼルファナスは答えた。
「たとえば……あの、『グラワリア王』はどうかな?」
「グラワリア王?」
それを聞いて、ウナスが沈黙した。あるいは仮面の奥で、いぶかしげな表情でも浮かべているのかもしれない。
「グラワリア王……というと、あれですか! ガイナス王より新たなグラワリア王位を譲り受けたと主張する……」
「そうだ」
ゼルファナスはうなずいた。
「なんでも『嵐の王』を名乗り、王妹レクセリアと婚儀を交わしたという者……すなわち、リューンヴァイス」
「しかし、いくら『嵐の王』などといっても……古来より、セルナーダの地は太陽王の血をひく者だけが王を名乗ることを許されていたはず」
ゼルファナスは愉しげに笑った。
「だが、『その前』があるだろう? 我らの父祖がネルサティアの地からやってくる前は……この地らも先住民がいた」
「それは、『帝国』よりも古い、伝説の時代ですぞ」
ウナス伯の言葉に、ゼルファナスがうなずいた。
「いかにも……伝説の時代だ。だが、見る者には見えている……これから、三王国全土で、恐るべき戦乱の嵐が吹き荒れることを。これからくるのは、いままで誰もが想像もしなかったような乱世だ。親が子供を殺し、子が親を喰らうような、そんな時代がくる。古くからのものや伝統などが虚飾がはがれて力を失い、ただ力あるものだけが生き残る……そうした時代が」
「それは」
ウナス伯は仮面の奥に、表情を隠したまま言った。
「いささか恐ろしゅうございますな。そのような、力ずくですべてが片づく時代、というのは」
「だからこそ……伝説の時代となるのさ」
ゼルファナスは、心底、愉快げに言った。
「そう、太陽の王と嵐の王、さらにはあまたの神々が地上の歴史に参入するような、伝説の時代がこれから到来するだろう。そこで誰が生きのびるのか……私が果たして、晴れて王位を継ぐか……それともあのリューンヴァイスやレクセリアか、あるいはセヴァスティスが新たに動くか」
まるで自らの言葉に酔いしれるかのように、ゼルファナスの頬は紅潮を始めていた。普段の、比較的、冷静沈着な彼からすれば珍しいことといえる。
「みんなで殺し殺され……なんという素晴らしい時代だろう! なんという愉しい時代だろう! 太陽は落日を迎え……これからは、大いなる闇の前の嵐の時代となるだろう!」
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