13 戦の変わるとき
なぜこんなことになったのか。
理由はわかっている。わかっているからこそ、ディーリンは自分に腹が立って仕方がなかった。
確かに命じはした。ナイアスの都を陥落させよと。
だが、まさかこんな虐殺を伴うようなやり方をするとは、さすがに思わなかった。
いや、あちこちで予兆は感じていたのだ。いくらなんでもセヴァスティスは非道にすぎると。それでも、彼の知謀を信じたあげくが……このざまだ。
「セヴァスティス!」
セムロス伯は、温顔伯の二つ名を持つ。そんな彼が、いまは怒りの形相をあらわにしていた。その獰猛な、純粋ともいえる激怒のすさまじさに、セヴァスティスの天幕を警護するネヴィオン兵たちすら色を失っている。
「お待ち下さい、閣下! セヴァスティスどのは……」
「黙れ!」
ディーリンの一喝に、残虐な戦場に慣れているはずのセヴァスティス麾下の兵すらもが怖じ気づいていた。ディーリンは伊達にアルヴェイア政界の重鎮を占めていたわけではないのだ。貴族諸侯が恐れるディーリンの怒りには、それだけの力がある。
「セヴァスティス! これはなんのつもりなのだ!」
天幕のなかに入ると、セヴァスティスが木製の椅子に腰掛けていた。あいかわらず、なにかの獣の肉らしいものを喰らっている。
「これは義兄上……どうなされた? ナイアスは落としましたぞ」
「だれが虐殺をしろと言った!」
ディーリンは激昂して叫んだ。
「これはやりすぎだ! どんな『魔法』を使ったのかはしらんが、なにも民衆を殺すことはあるまい!」
「私だって殺したくはなかった」
セヴァスティスは肩をすくめた。
「実際、ナイアス候が錯乱して民をみな殺しにしてくれるのが一番でしたんですがね……やはり五百ぽっちの兵で五万の人間を殺すのは無理だ。それでナイアス候は『自分の領民を殺すもっとも効率的な方法』をとった。いってみればこっちも被害者みたいなものですよ」
わからない。セヴァスティスがどんな策を使ったのか、そしてなぜナイアス候がこんな異常な行動をとったのか、なにもかも理解できない。
とにかく、虐殺という決してしてはならないことをしてしまった。この政治的な意味の重さが、セヴァスティスには理解できないのだろうか。
「もしかして王軍はこれで信望を失い……みながエルナス公側につく、そうお考えですかねえ?」
セヴァスティスがにいっと口の端をつり上げて笑った。
「義兄上……義兄上の考えもわかる。ですがね……なんというか、その、義兄上の考えは、古いんですよ」
古い。それがなにを意味しているか、ディーリンにはわからなかった。
古いもへったくれもあるか。これが政治的な大失点であることは明らかではないか。これだけひどいことをしてしまえば、諸侯はこぞって……。
「エルナス公になどなびきませんよ……みんながみんな、そんな馬鹿じゃない」
なぜだ?
これだけの非道をしてしまった王軍には、誰もついてこない。エルナス公としては悪王を討つという大義名分を得られたようなものだ。
「馬鹿な! 我らは自分たちすらみすみす、悪役になってしまったようなものだ!」
「ま、そう考える者もいるでしょうが……そんな奴はこれから先、生き残れません」
くちゃくちゃとセヴァスティスはなにかの肉を咀嚼していた。
「いままでの貴族は、利で動いた。それは義兄上のほうが私より詳しいでしょう。でもね……今日の、この戦いによって、目が醒めた連中もいるはずです。これはいままでのはんぱな戦とは違うって。つまりですね、領地が増えるだの金が入るだの官位がどうこうとかそういう『利』はもう意味をなさないんですよ」
では、貴族たちはなにを考えるというのか。
「この一報を知ったものは……皆、恐怖する。それこそが私の狙いでしてね。『王軍に逆らったものは一人残らず殺す』という、強い意志を見せつけることです。いいですか? 一人残らず、殺し尽くす。それこそが肝要なんですよ」
なにを言っているのだ……この男は。
「そんなことをすれば……馬鹿者! 恐怖を与えすぎればどうなるかもわからんのか! 人は恐怖と戦うものだ! そうやって追い込めば逆に……」
「それは、違う」
セヴァスティスは笑った。
「なぜなら、この戦いでアルヴェイアじゅうの諸侯は知ってしまったからです。つまり……『王軍は強い』と。どんな手を使ったか、誰も知らない。でも、結果だけでいえば王軍は勝った。我々は勝者です。そして弱者を一人残らず殺す意思を持つおそるべき強者です……さて、『利』にこだわるとすれば諸侯はどうしますか?」
あっとディーリンは声をあげそうになった。
「それは……殺されたくなければ、仲間になれ……そういうことか」
「実にまったくその通りですよ」
セヴァスティスは愉しげに言った。
「これが一番、効く。いいですか、どうやって勝ったかは問題じゃない。問題は、難攻不落に見えたナイアスを『なにかの策』で王軍があっさり落とした……その事実です。さて、一体どんな手段でしょうね? 新手の魔術? それともなにかの新兵器? あるいは……そうやって、恐怖は次々に広がっていく。おそらくたいていの諸侯はこう考えるでしょう。つまり『セヴァスティス将軍の知恵かもしれない。あるいはセムロス伯の謀略かもしれない。いずれにせよ、王軍に味方しないとまずい』とね」
ディーリンは歯がみした。
セヴァスティスの判断は決して間違っていない。もし自分が諸侯であっても、この知らせだけを聞けばそう判断するだろう。
「だが……そのために、五万もの民を殺すというのか! そんな無法が……」
すると、セヴァスティスが一瞬、呆けたような顔をした。
「義兄上、どうもやはり、あなたは戦場向きのかたではない。五万? こんなのはまだまだ序の口です。これから王軍は、敵対する反逆者をありとあらゆる手を使って殲滅し、皆殺しにしていきます」
「やりすぎだ!」
ディーリンは絶叫した。
「そんなことをすれば民の心が離れる! なんと馬鹿なことをしてくれたのだ! そんなことをすればエルナス公に……」
「エルナス公も、『馬鹿ではない』のですよ、義兄上」
セヴァスティスは呆れているようだった。
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