14  神々の駒

「まあ、さっきの亡霊もどきが言っていたように……これから、セルナーダは、三王国はどえらいことになる。というより、すでにもう『なりかけている』といっていい。リューン王、君がそもそもその渦の中心の一つじゃないか」


 ニアーランがなにを言いたいのかはわかっている。

 ガイナス王は、太陽王家の血をひかぬ一介の傭兵である自分に、玉璽を渡して次代のグラワリア王とした。その後、ウォーザ神による幾つかの奇蹟がおこり、リューンはなんとかアスヴィンの森まで逃げてくることができたのだ。

 かつてのような時代なら、こんなことはとうてい、ありえなかったはずだ。


「『太陽による秩序』の時代は、もうすぐ終わる。次にくるのはおそらく……『嵐による混沌』の時代だ。そして、その時代をつくるのは他でもない……リューン、君だよ」


 うっすらと、整った面にニアーランが笑みを浮かべた。


「そのあとにはもっと恐ろしい時代がくるだろうが……まあ、いい。これは『避けられないこと』だしね。ただ問題なのは、その『嵐による混沌の時代』よりもさらに恐ろしい時代があまりにも早く来すぎると……ちょっとばかり困ったことになるんだ」


 嵐による混沌の時代。それを、自分がもたらす。そこまでは理解した。

 だが、さらに恐ろしい時代とは一体、なんのことだ?


「『嵐のよる混沌』がある程度、続けば……最悪の時代だけは逃れられる。長い暗黒の時代は続くが、いずれ人はそこから脱出するだろう。だがね、あまりにも早く闇の時代がきすぎると、人間そのものが……このセルナーダから一人もいなくなる」


 ニアーランの話が現実離れしすぎていて、なにを言っているのかわからなかった。


「人間がいなくなるって……」


「世の中には、人の死がなにより大好きっておっかないおばさんがいてね。まあ、君たちの言葉でいえばゼムナリア女神って奴だ」


 死の女神ゼムナリア。

 その恐ろしさは、リューンでさえ知っている。戦場では、ゼムナリアの名は禁句だ。その名を出せばゼムナリアが美しい女の姿をとって現れ、愚か者の魂をそのまま死人の地獄へと連れ去っていくという。


「なに言っているかわかんねえよ……おい。なんで、俺がそんなことに……」


「まあ、ぶっちゃけて言うと、君はその死の女神の力と戦う運命にあるってことだ」


 ニアーランはなんでもないことのように言った。

 リューンはひどい眩暈を覚えた。

 この自分が、死の女神の力と戦うとは、もはや話が巨大すぎて冗談としか思えない。


「でも相手は……その、死の女神だろう?」


「そうだよ」


 ニアーランが笑った。


「そんなのに……どうやって勝てっていうんだ! 無理に決まっているだろう!」


「当たり前だよ! 死の女神とまともに戦って勝った人間なんてついぞ聞いたことはないし、そんなことになったら世の中が壊れちまう! 誰もゼムナリアおばさんその人と戦えとは言ってない。だいたい、神々の力はこの現世にはほとんど出てこれない。いろいろとあるんだよ神様たちの間でも。だからみんなで僧侶とかに信仰させて、法力という形で神々は力をふるおうとするんじゃないか。もし神々が自分たちの世界から出てきたらこの世の終わりだよ」


 もし法螺だとすれば大した大法螺もあったものだが、なぜリューンにはそれが嘘だとは思えなかった。

 なにか、自分はいま、とんでもない話を聞いている。本来であれば、定命の人間が聞いてはならぬ神々の世界の話を聞いている。


「それで、君は死の女神の力と戦う度胸はあるかね? 僕としてはそのあたりのことを確認しておきたかった」


 死の女神の力と戦う。それが具体的にどんなことかは想像つかない。


「ウォーザ神が君のことを駒ととして選んだように、すでに死の女神も駒を選んでいる。まあ、君も知っている人だ。いずれまた運命だか宿命により君たちは引き合わされるだろうね」


 ニアーランはくすくすと笑った。


「そこで君にふられる役割はやっかいなものだ。毒を以て毒を制す……君はそういう役割を与えられる。そして、後の世の人間は君のことを魔物や怪物みたいに扱うかもしれない。それが君に与えられた役割だ。それはとても辛く、哀しい道だ。そして裏切りに満ちた道だ。喜びは少なく、苦痛は多い。そんな道だ……」


 だんだん、リューンはいらいらしてきた。


「なんだか神の駒だの運命がどうだの……だからどうした!」


 思い切って叫ぶことで、ようやく本来の自分の力が戻ってきた気がする。


「死の女神の力? なんのことだがわからねえが、ウォーザの神様が俺にそうしろって言っているんならやってやるよ! でもなあ、いまはそれどころじゃない! 俺は、あの猿どもにさらわれた女房を捜しにきているんだよ!」


「ああ、そうだった、そうだった!」


 ニアーランが手を叩いて笑った。


「いやはや、大事な用事を忘れるところだった。そうそう、僕はもともとそのためにきたんだっけ! ここで君やレクセリア殿下に死なれるとね、『こっちも困る』んだよ、いろいろと」


 ということは、このニアーランというのも、道化の策謀の神ナルハインの「駒」ということだろうか?


「おしい! いい線はついているけど、実に惜しい! まあ、僕の正体が何者かはもうちょっとたつまで明かすわけにはいかないんだよ! お話しには謎とか秘密がつきものだからね!」


 なにがおかしいのか、ニアーランはほとんど哄笑に近い笑い声をあげた。


「さあ、では……行こうか! リューンヴァイス! ぐずぐずしていると、君の大事なお姫様が傷物どころからばらばらにされちゃうよ! なに、アルグの百匹や二百匹、君と僕とがいれば楽々と倒せるさ!」


 

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