12 新たなる者
頭に槍が突き刺さって途中で折れた柄をぶらぶらとさせている者がいる。腹からはらわたをあふれさせながら、それをひきずって歩いてくる者がいる。両脚をなにか巨大な岩のようなもので潰されたのか、両手をつかって這いずってくる者がいる。なかには全身黒こげで、生前がどんな姿をしていたのかまるでわからない焼けぼっくいみたいな人影もあった。
「みんな……みんな、団長のために、死んだ。団長はね、誰一人こいつらの名前さえ覚えていないでしょうけどね。でもみんな、言うなれば団長のせいで死んだ。団長はそういう人だ。団長が戦場に出るだけで……信じられないほどの人が死ぬ。でもね、いまはいい。いまはまだいいんです」
矢で全身をびっしりと覆われた死者が、笑った。
「でもこれから団長が王様になるとしたら……一体、何百人、いや、何千、何万、何十万って死人が出るでしょうね」
「待てよ」
リューンは胃の奥からこみあげてくる苦いものをこらえながら言った。
「そりゃなんていうか……俺だってわかっちゃいる! 確かに俺は人殺しだ! 傭兵なんて人殺しが商売だからな! だから……」
「もう、いまの団長はただの傭兵じゃない」
死者が笑った。
「いまの団長は……また認められてないけど、『王』を名乗っている。そして団長が本物の王様だと認められるには……もっともっと多くの人間を殺していくことになる……」
わかってはいた。だが、それを、こうして死者に言われると、さしものリューンですら、やはりたじろぐ。
「待てよ……俺だって好きでこんなことやってるわけじゃないんだ」
「嘘だ!」
一斉に、死者たちが叫んだ。
「団長……あんたはまだ気づいていないだけだ。あんたはそういう人なんだよ! あんたのまわりには自然と人が集まってくる! そしてあんたはそういう人間を平気で使い捨てる!」
「違う……俺は……」
リューンの抗弁を、また絶叫にも似た叫びが遮った。
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
やがて、死者たちがけたたましく笑い出し始めていった。
「団長、あんたは嘘つきだ! あんたは人殺しだ! あんたは本当は戦が好きでたまらないんだ! あんたはどこかで、王様になんてなりたくないと思っている! いや、王様がこんな面倒なことを抱え込むんだったら、もう傭兵にでも戻って昔みたいに気楽にやりたいと思ってる……でも、それは駄目だ! 団長! いや、リューン王! あんたは恐ろしい嵐の神様に選ばれちまった! あんたは、ウォーザ神に、あらぶる神、雷神の王に地上を統べる王者として選ばれた!」
ウォーザ神に選ばれた。
違う。俺は自分の意志で王になることを選んだのではなかったのか。だがそれも嵐の神が「たまたま」自分が一番使いやすい駒だと選んだという、それだけの話なのか……。
「気づいてるんでしょう、本当は」
死者たちがまたけらけらと笑い声をあげた。
「リューン王! あんたは神々が歴史の遊戯を愉しむための駒に過ぎない! あんたはウォーザ神の手駒だ! そしてこれから、いままでおとなしくしていたいろんな神々がそれぞれの駒を使って三王国を、セルナーダ全土をとんでもない嵐のなかに巻き込もうとしている! 結局、あんたにもいままでのつけがまわってきたってわけだ!」
つけ。自分のやりたいように生きてきたということが、それほど重い代価が必要になることなのか。
「つけってなんだよ! 俺は悪いことはしちゃいねえ! いや、人殺しはよくねえことだが、俺は戦場でしか人は殺さねえし、無理矢理、女とやったこともねえ! 俺は……」
「そりゃそうだ、あんたには女も自然と寄ってくる! あんたはいろんなものに恵まれている! だからこそウォーザ神はあんたを選んだ! あんたはその気になればたいていのことは出来る! だからウォーザ神はあんたを嵐の王に……『秩序の破壊者』に選んだんだ!」
秩序の破壊者。
「三王国は太陽の王たちが支配していた。それは秩序の時代だ。だが、いまやソラリス神は力を失い、古代より力をたくわえてきたウォーザ神が蘇ろうとしている! ウォーザ神はあらぶる神だ! 激しい雨は作物を実らせるが、度がすぎれば川が溢れる! 稲妻は木々を焼いて山火事を起こす! あんたを王として、駒として選んだのはそういう神なんですよ! だからあんたは、嵐として三王国をひっかきまわす! あるいはあんたを救世主とみなす奴もいるかもしれない! でもね、最後にはあんたも、あんたを信じて付き従ってきた者たちもみな、『滅びをもたらす者』としてあんたを憎悪し、石を投げつけるようになる……あんたは最後には、自分を信じていた者、自分を愛していた者すべてに裏切られ、そのすべてと戦うようになる! それが……あんたの定めであり、嵐の王であるっていうのはそういうことなんだ!」
なにを言っている。これはたちの悪い怪異だ。一種の悪い夢みたいなもんだ。
信じる者が、愛する者が俺を裏切る?
そんなわけがない。カグラーンがこの自分のことを裏切るわけがないし、愛するレクセリアだって俺を裏切るわけが……。
待て、とリューンは思った。
俺はレクセリア姫を、名目上の妻にすぎないはずの「対等の相手」を……。
「はははははははははははははは」
快活な、そのくせどこか正気を欠いたような凄まじい笑い声が、いきなり頭上で鳴り響いた。
その声を聞いて、死者たちの顔が驚愕にひきつっている。
「あなたはまさか……」
「そんな、まさか、御身までが……」
死者たちは、いままでのことが嘘のように、頭上にいる何者かに怯えているかのようだ。
「まったくこんな怪異の見せる幻影なんて信じちゃいけない……といいたいところだが、こいつらはなかなか真実をついているね」
その瞬間、世にも奇怪な扮装をした男が、リューンのすぐそばにいきなり、現れた。
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