10 魔の宴
「ガーシュッ!」
「ジャッガイジャッガイ!」
「ガアル・ガブラナルグ!」
魔獣とは、つまるところは獣が魔力を持ったものである。だが、いま眼前で繰り広げられている光景は、獣たちのそれではない。
肉を切断し、期待に満ちた目で瞳をぎらぎらと輝かせ、焚き火で肉を炙り愉しげな声をあげるアルグたちの姿は、あまりにも人間に似すぎていた。
異様なほどに筋肉の発達させた、毛深い体をもつ猿たちが、まるで人間の真似をするかのように、宴でも開いているかのように人体をばらばらにし、はらわたをひきずりだしている。
なかには取り出した内臓を首のまわりに飾りかなにかのようにぶらさげて「遊んでいる」アルグまでもがいた。それは、人間の行動や文化を徹底的なまでに冒涜し、あざ笑う悪意に満ちた戯画のようだった。
幾つもの首が並べられ、その頭を人から奪った剣で断ち割ろうとしているアルグたちもいる。どうやら、脳味噌を取り出して喰うつもりらしい。死者たちがみなうつろな眼窩をもっているのは、どうやら目玉をくりぬかれているためだ、と気づいて再びレクセリアは悲鳴をこらえた。
だが、死者たちはまだいい。死者はつまり、もうとっくに苦痛からは解放されているのだから。冷酷な言い方をすれば彼らはすでに死体であり、肉の塊に過ぎない。確かにおぞましい眺めではあるが……。
問題なのは「まだ生きているものたちがいる」ということだった。
「ぎゃあああああああああああっ」
ランサールの槍乙女たちが、不運にも何人か生きたまま捕らえられていたらしい。彼女たちの迎えている運命こそが、真の地獄と呼ぶべきかもしれなかった。
槍乙女たちはとうに衣服を脱がされ、いまわしい陵辱をうけていた。
まだレクセリアと一つか二つ年上といったくらいの少女が、辱められている。アルグたちはせわしなく腰を使っては鍛え上げられた少女の裸体を汚していった。
まるで救いを求めるような少女の目と、レクセリアの目があった。
知っている、この相手が誰かを知っていると気づいた瞬間、レクセリアは心底、戦慄した。
うつぶせにされて、馬のような四つんばいの姿をさせられてアルグたちに弄ばれている少女の名は、確かリーリアと言ったはずだ。もともとはグラワリア北部の農家の生まれで、ある日、天啓を得たのだと彼女は言っていた。
稲妻の女神ランサールが自分にむかって語りかけたのだという。お前にはこれから「嵐の王」の従者となる役割があると。
ランサールの槍乙女のほとんどは、そうした啓示をうけた者だった。
だからこそ、一度、リューンを「嵐の王」と認めてしまえば、彼女たちは死にものぐるいで戦った。
そのリーリアが、いまは白い裸身をむきだしにされ、獣じみた怪物のおもちゃにされている。
「カージャッ」
そのとき、人のアルグが愉しげに、リーリアの右目を生きながらえぐり取った。
「いやあああああああああああああ」
リーリアの放つ悲鳴が、悪夢のように暗い闇の底にこだました。
眼球がひきずりだされ、そこから神経のようなものが伸びている。続いてアルグは、リーリアの綺麗な金髪をひきなりもの凄い筋力でひきむしりはじめた。
「ヒャキキキキキ」
「ヴォンカ? アーパファフーファ!」
何匹ものアルグが、リーリアの周囲で踊るように跳ねながら遊んでいる。彼らはこれを、一種の娯楽と捕らえているようだ。アルグたちの笑い声は、いまわしい獣の声というよりも、異国の言葉を喋る人間のようなものに聞こえるのが、レクセリアにはひどく恐ろしかった。
「やああああああああああああ」
すでにリーリアは何度も絶叫をしているためか、声がかすれはじめている。彼女は男には肌を許したことはないのだと言っていた。嵐の王に仕えるために選ばれた槍乙女としての誇りがそうさせるのだと。
そのリーリアが、なぜこうしてアルグ猿に拷問され、嬲られ、陵辱をうけねばならないというのか。
稲妻の女神ランサールは、まさかこんな運命を自らに仕える尼僧に与えたかったわけではないだろう。だが、それにしても、こんな運命はあまりにもひどすぎる。
何匹ものアルグたちが、おぞましいものをリーリアの体のなかに突っ込んでいく。なかには脇腹や腹の一部をきりさき、そのなかに自らの体の一部を突っ込んで笑っているアルグたちもいた。
リーリアの横では、確かマイアと言った名の槍乙女が、両腕を切断されたまま、やはりアルグに犯されていた。
さらにマイアの腹はさかれ、そこから腸があふれていたが、恐ろしいことにそれでもまだマイアは生きていた。
むごい、というのをすでに越えてしまっている。
マイアの虚ろな褐色の瞳には、まだわずかに精気が残っている。その横では、アルグが今度はマイアの口を槍乙女の槍の穂先で切り裂こうとしていた。
マイアの横には、レクセリアも名前は覚えていないが顔には見覚えがある娘が、下腹部に槍乙女の槍を突っ込まれ、高々と掲げられていた。その両脚はすでに切断され、そばでば何匹ものアルグが皮をはいでいる。皮をはがずにそのまま足の指を食いちぎったアルグが、むしゃむしゃと口を動かして咀嚼したが、やがて不味そうにぺっと少女の足の爪を大地に吐き出した。
あたりではあいかわらずオレンジ色の炎が幾つも焚かれている。きゃあきゃあというアルグの歓声が聞こえてくる。まだ幼いアルグの子供らしいものが、リーリアの右目玉を眼窩から引きずり出して、どれだけ伸びるものかを遊んでいた。
ひどい非現実感しかもう感じていない。
あるいは狂気を司るホス神にでも憑かれたほうが、いっそ楽になれるかもしれない。いや、これはすでにホス神が憑いて自分にら見せている幻覚かなにかなのだろうか。そのほうが、いい。いや、これならいっそ……。
現実を直視しろ、とレクセリアは思った。
これは現実だ。そしていずれ、このままでは自分もアルグたちに殺される運命にある。しかも、ただ殺されるだけではすむまい。まだ自分が無事なのは、おそらくアルグたちに特別視されているためだ。ひょっとすると、アルグたちの信じる異様な神々への生け贄にでも捧げられるかもしれない。
それならば、ひと思いに……。
そう考えた瞬間、異様な風体をした一匹のアルグが、巨体を震わすようにしてこちらに近づいてきた。
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