4 王の力
「!」
水っぽい音とともに頭蓋が砕け散り、周囲に白い骨の塊と、金髪の髪を付属させたままの頭皮がまき散らさせる。さらには脳漿と脳や血液も混じり合い、アルグの顔にべったりとした汚らしい返り血をはりつかせた。
だが、アルグは鮮やかな緑の瞳をらんらんと輝かせると、おぞましいはずの代物をさもうまそうに、長い舌でなめ回した。
その瞬間、リューンのなかでなにかが切れた。
カグラーンがなにか叫ぶのが聞こえてくる。だが、これ以上、自分を守るために死人が生み出され、アルグの餌になっていくなどもうたくさんだった。
「てめえらっ! いい加減にしろよこのくそ猿ども!」
何人かの兵がリューンの前に立ちはだかろうとしたが、リューンは彼らの隙間を即座に見抜いて、その巨体からは信じられないような敏捷さで兵たちの間を駆けていった。いまのリューンはあまりにも獰猛な、殺意と破壊衝動の塊のようなものだった。
あの猿どもを叩ききる。いまのリューンの頭のなかにあるのは、その一事のみである。
同時に、直接、敵と剣を交える場所に自らの体をさらすことで、あの忌々しい重い鎖から解き放たれたような快感がやってきた。これで暴れられる。これで、思う存分、あのアルグたちをたたきのめせる。
それからのリューンの戦いぶりのすさまじさは、ほとんど常軌を逸していた。
一斉に、何匹ものアルグが襲い掛かってくる。このとき、アルグは実に四匹同時に、リューンにむかって飛びかかっていったのだ。彼らからすれば、この長を倒せば大変な名誉になるのである。アルグのなかには、そういった強者を尊ぶ価値観がある。
だが、四匹のアルグたちは、一瞬にして四匹同時に、その首をはねられた。
通常、ありえることではない。四匹ばらばらに襲い掛かっているのだから、刀身の描く軌道と四匹のアルグが首を切断する位置が一致することなどほんのわずかな間の間にすぎない。
しかし、リューンの極限にまで研ぎ澄まされた神経が、その神技を可能としていた。
ざっ、だっ、がっ、ざあっ、と四本のアルグの頸骨が大剣で切断される音がほとんど爽快な音となって森の底にこだました。なにかの冗談のように四体のアルグの、醜い猿を思わせる顔が宙に飛ぶ。だが、まさに敵もさるものというべきか、一体の、首を失ったアルグの体がリューンのもとにまで跳躍の勢いを失わないまま届き、その肌を浅くひっかいのはいっそあっぱれといったところだった。
だが、そんなことはもうリューンの意識にはない。視力と聴覚その他あらゆる感覚を鋭敏にさせて、敵の居場所を探している。
三体のアルグが、すぐ近くにいた。
まず、無造作に大剣を振るい、一匹のアルグの胴を剣のひらで叩くようにした。ばちんというもの凄まじい音とともにアルグの内臓が破裂し、口や尻の穴から血まみれの臓物が吹き出た。そのまま横にいたアルグも同じように、やはり大剣の軌道上にいたために頭が破裂し、大剣に一瞬だけへばりついた。
その隙を狙って、左手から小柄なアルグが飛びかかってきた。
緑の瞳がらんらんと輝き、黄ばんだ、小さな短剣のような歯がびっしりと植え込まれた歯茎がよく見える。唇をむきだしにして、笑っているのだ。
リューンは両手で大剣を振るっている。そのために、いま左から右に大剣を振ったため、左側ががら空きになったのだ。そこを好機とこのアルグはおもったのだろうが、さすがに相手が悪すぎた。
リューンは右手で大剣を握ったまま左手を離し、左の拳を巌のように固く握りしめると手の甲でアルグを頭を殴りつけた。
いな、殴りつけたなどという生やさしいものではない。それは槌矛のような殺人用の鈍器よりも遙かに破壊力のある一撃だった。リューンの人間離れした膂力は、アルグのそれすらも凌駕していたのである。
「カペッ」
間も抜けた声をあげて、小柄なアルグの頭蓋が潰れた。そのままアルグの体は、森の底の大地めがけて叩きつけられた。頭にはリューンの拳がめり込んだ部分から放射状に爆ぜ割れている。汚らしい血や脳漿で左の拳が汚れたが、そんなことに構っている暇はなかった。
殺す。血が酒精に変わったかのような開放感に酔いしれて、リューンは暴力の嵐と化した。
こうなると、もう誰もリューンを止められない。
もはやいまのリューンに近づくことは、それ自体が死を意味する行為だった。リューン軍の者たちもこのところの「リューン王」とともに戦闘を戦い抜いてきたおかげで、いまのリューンには決して近寄ってはならないと理解していた。
リューンは生ける具風となって、アルグたちを切り裂いた。
その大剣が旋回し、ふるわれるたびにアルグが幾つもの部品となって寸断され、血や毛皮に覆われた肉をあたりにばらまく。臓物がはねとばされ、森のねじくれた木々の幹にへばりつく。
これほどに恐ろしい相手にわざわざ飛び込んでいかなくても、と冷静な判断をする者であれば思うだろう。だが、この状態のリューンと戦った者は不思議なことに、まるで魔術でもかけられたかのように自ら、リューンという死の嵐の中央に吸い込まれていくのだ。そして数瞬後には、ずたずたの肉片となって無惨な死骸をあたりにさらすことになる。
リューンの大剣はアルグの頭蓋を断ち割り、首を切り飛ばし、四肢を切断し、臓物をえぐり出した。血と肉とが無数にリューンの体にはりついていたがもはやいまのリューンにはなにを言っても無駄だ。ある意味、それこそウォーザ神でも神がかったかのような奮迅ぶりには、仲間であるはずのリューン軍の兵士たちさえ恐怖した。
これこそが、リューン王の力なのだ。
あのアルヴァドスとの一線以来、リューンの個人戦闘能力はほとんど人間として考えられる限界にまで近づこうしていた。
通常の人間の身体能力には筋肉の関係などで限度というものがある。あまりに力を出しすぎれば骨折や脱臼をしかねない。
それなのに、リューンは平然とこの常軌を逸した力を振るっているのだ。
まさにそれは、ほとんど地上に顕現した神の力を思わせるものだった。
そのなかで、リューンは笑っていた。
「はははははははははははははは」
獰猛にして冷酷無惨なアルグたちでさえも、その表情には恐れの色が浮かんでいる。あの人食いの残忍無比なアルグたちすらも、いま、リューンという一人の人間の存在に、まさに恐怖しているのだ。
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