8 異様な笑み
一言でいえば、セヴァスティスは異常者だ。
だが、異常者ではあるが軍事的な才能に恵まれているのも事実である。そしてその兵士たちはごろつきや傭兵あがり、なかにはアルグ猿との混血である半アルグまで混じっているという噂まである。
しかしセヴァスティスはそうした荒くれどもを、見事に統率していた。メディルナスの近くに駐屯していたころはセヴァスティス麾下の兵士たちはメディルナスの都で暴れ、人々を恐れさせものだが、さすがに戦場となると彼らもそうした蛮行は行わない。
いや、より正確にいえば力を溜めているというべきか。
勇猛果敢という意味では、セヴァスティス麾下の兵士たち……自称「悪夢隊」の戦力は、セルナーダ最強といっても過言ではない。
だが、やはりこれは諸刃の剣である。
万一、彼らが暴走したら本当にとめられるのか。最悪、セヴァスティスは本国ネヴィオンより「アルヴェイアを荒らし回れ」という命をうけているのではないか……。
可能性はある、とシュタルティスは考えていた。
だが、少なくとも現在のところは、彼らは貴重な戦力となりうる。諸侯軍と傭兵を集めても、まだ王軍そのものは三千五百しかいないのだ。アルヴェイス河の南の都に配置した別働隊五百をのぞけば、ナイアス攻略に使える兵士はわずか三千。二千五百ものセヴァスティス軍の力があるとないとでは、まるで話が違ってくる。
「しかし……どうにも、他の諸侯の集まりが悪いというのは景気の悪い話ですな」
セヴァスティスが卓上に広げられたアルヴェイアの地図を見ながら言った。
「とりあえず、いまのところは王軍とエルナス公軍……」
そのとき、ディーリンが低い、重みのある声で言った。
「セヴァスティス卿、お間違えなく。相手は反乱軍だ」
「これは失礼」
セヴァスティスがにいっと笑った。
「その、反乱軍と、ともに兵はあまり集まっておりません。諸侯としては様子見、というところでしょう。つまり……」
「なんとしてでも、ナイアスを出来るだけ早くのうちに、陥落させねばならない」
ディーリンが言った。
それは、誰もが理解していることだ。
ここで王軍がナイアスの都を落とせば、いままで領地で様子見を決め込んでいた諸侯たちは一斉に集まってくるだろう。戦の勢いというのは、そうしたものだとはシュタルティスにもわかっている。
「しかし……敵も馬鹿ではない。ナイアス候ラファルというのは武人としてもそこそこに出来るおかたのようで。さらにいえばナイアス市内の士気もかなり高いとか」
セヴァスティスの言葉に、一同が顔をしかめた。それは、まったくの事実だと確認されていたからである。
「ナイアスの城壁は高く厚く、まともに攻城戦を行えば甚大な被害が出るのは必定。となれば、少しこいつを」
と言って、セヴァスティスは己の頭を軽く叩いた。
「使うしかありません。力責めは馬鹿馬鹿しい。しかしながら、兵糧責めを行えば、いずれ西からやってくるエルナス公軍……」
「反乱軍、ですぞ」
ディーリンの声はひどく苦いものだった。
「おっと失礼、伯父上。どうにも私は忘れっぽいものでして……その、反乱軍と合流されてかえってこっちが不利になる。誰が、確か反乱軍の動きを……」
そのとき、諸卿の間にひそんでいた水色のローブをまとった男が言った。
「私は王立魔術院のものです。現在、敵軍はアルヴェイス河の北岸を東進中とのことで……エルナス公ゼルファナスの率いるのが本体がおよそ三千。さらに、ウナス公の一千が、こちらにむかっているようなのですが……」
「まさか、把握していないのか?」
シュタルティスは思わず叫び声をあげそうになった。
「その……実を申せば、王国西部に潜ませていた我らの手の者が、正体不明の敵に潰されております。恥ずかしながら、情報網が寸断されており……」
「相手はやはり魔術師なのか?」
それを聞いて、青いローブの魔術師がかすかに震える声で言った。
「魔術師……もいるようなのですが、どうにも得体の知れぬ連中です。生き残った者たちからは『死』の力を使う闇魔術師たちではないかというのですが……闇魔術師でも死を直接、与えるのはよほどの術者に限られます」
最悪の想像がシュタルティスのなかで膨れあがりつつあった。
まさか、あの美しい従兄弟が、そんなものと関わっているわけがない。そうは思いたいのだが、シュタルティスはある意味ではこの場にいる誰よりも情報分析能力に長けていた。
シュタルティスは己の願望や恐怖を排し、まるで複雑な数式を解くようにして解を導き出すという、一種の異能の頭脳を持っている。もし彼がもっと胆力のある男であれば、アルヴェイアの歴史はまるで変わっていただろう。
「ゼムナリア……死の女神の僧侶たちが、反乱軍に参加している可能性があるな」
シュタルティスの言葉に、一同が皆……あのセヴァスティスでさえ……顔色を変えた。
死の女神ゼムナリアは、もっとも人々に恐れられている邪神なのだ。自殺他殺をとわずあらゆる形の死を肯定し、広めるというその異様な教義から、三王国すべてにおいてゼムナリア信仰は禁止されている。信者であると知られた時点で死罪に処されるほどだ。
「実際、エルナス公は死の女神の信徒であると訴えられた。そしてエルナス公はメディルナスから逃げ出した……やはり、疑義は真であったということかもしれない」
そう言いながら、シュタルティス自身、吐き気がしてきた。
敵のなかに死の女神の僧侶たちが混じっている。そんな恐ろしいことが本当にありうるのか。
感情は否定している。だが、さまざまな情報を織り込んで組み立てられたシュタルティスの頭のなかの数式から導かれた解は「その可能性はきわめて高い」と告げていた。
「なんということだ」
ハルメス伯ネルトゥスが震える声で言った。
「王位を狙う者が……ゼムナリア信者などということが……」
「しかしこれは、うかつには民には知らせぬほうがよいですな」
ディーリンが巨眼を細めて言った。
「そんなことになれば……大変な大混乱が巻き起こる。決してそれは、あってはならぬことです。王国の民はまず恐怖に怯えることでしょう。相手が死の女神ゼムナリアの信者とすれば、討伐をする大義としては便利ですが……『事実』だとまるで意味が違ってくる」
さすがにディーリンは正確に情勢を判断していた。
「そうなれば戦どころの話ではない。間違いなく、兵たちは逃げ出します。ゼムナリアの名にはそれだけの意味がある……」
「不吉な名を呼ばぬほうがよろしいかと」
青ローブの魔術師がかすれ声で言った。
「魔術では名は重要な意味を持つのはみなさんご存じのことと存じます。死の女神は、ときおり地上に現れては死をふりまくと言われております。特に女神は死の力の強いところにひかれるとか」
戦場とは、すなわち殺し合いの場所である。
であるならば、死の女神その人があるいは人の姿をまとって地上に現れることもありうるのではないのか?
「まあ……ひょっとすると、これから死の女神がナイアスの都にこっそり降臨するかもしれませぬな。これから私がやろうとしている計略は……いかにもかの女神が好みそうなものですから」
そう言うと、セヴァスティスがにいっと笑ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます