6 奇策
実際のところ、リューン軍は防戦一方だった。
いまのところ、不利な状況にもかかわらず善戦しているとはいえるが、それでもさきほどよりもこちらの犠牲者の数が増えている。
(畜生……どうする!)
危険な戦場は何度もくぐってきたのだ。この程度の窮地は慣れているはずだ。
なのに、どうしてこういうときに限って良い考えが出てこないのか。
(これじゃあカグラーンたちもどこにいるかわからねえ! 畜生、しくじった!)
最悪だ、とリューンは思った。
いままでそれなりに戦場での指揮は慣れているつもりだった。
だが、所詮リューンは傭兵隊長であり、全体の戦局を個人で決定するようなことはなかったのだ。
いままでは傭兵くずれの野盗、あるいはあまり優秀とはいえない指揮官に率いられた諸侯軍が相手なので、リューンも十分に戦えた。
しかし、こうしてタキス伯のような勇将を相手にすると、どうにも勝手が違ってくる。
不利な状況だということはわかっている。
いままでのリューンなら、このまま狂戦士のように戦場に突入していったろう。
リューンの戦闘能力は、局所的な戦局ならば十分に変えられるほどのものだったからだ。
だが、なぜかいまはそれにためらいがある。
(グラワリア王なんておだてられて……俺は、戦いを怖がるようになったってことか?)
まさか、と思う。
だが、そうとしか考えられない。
(この俺が……いつのまにか「王」なんて立場になれちまって、直接、戦うことを怖がってる?)
だとすれば、まずい。
戦況もまずいが、それ以上にリューンという男の根っこ、根幹にかかわる部分が危機に瀕している。
(冗談じゃねえ……ここで怖じ気づいているくらいなら……)
リューンが、大剣を背から引き抜いたそのときだった。
「いけません、陛下」
レクセリアがたしなめるような口調で言った。
「陛下自ら、先頭に立って戦うような戦は、もうすべきではありません。それは陛下の役割ではございません。陛下は……リューン軍の指揮をする大将。大将自ら、戦うのは危険すぎます!」
「そんなことはわかっている!」
リューンは、思わず叫び声をあげた。
「でも……このままじゃ、負ける。城に籠もったところで援軍もこないんじゃ意味がねえ。だったら……」
戦いもせず引き下がるくらいなら、いっそ、その戦場で。
「いけません!」
レクセリアが、そのとき凄まじい声をあげた。
「陛下……もしいま、ここで戦場に出れば、私は陛下を卑怯者と見なします」
それを聞いて、リューンは目をしばたたかせた。
「どういうことだ? なんで戦場に出ちゃいけない!」
「あなたはすでに王であり、この軍の指揮をする大将だからです」
レクセリアの論理は冷徹だった。
「もしあなたが死ねば、この軍は存在する意味を失い、瓦解します。それはただのリューン個人の死ではありません。軍勢の敗北を意味するのです。いま少し、お待ち下さい。いま少し……」
「ここでいくら待っていたって……」
そこで、リューンは気づいた。
「おい、殿下! まさかなにか……策でもあるっていうのか」
「ございます」
レクセリアは言った。
「おそらく私の策を聞けば、陛下は私のことを侮蔑なさるでしょう! 所詮は女、卑怯者と思われるでしょう。ですが、我々には大望があるのです! いずれアルヴェイアを、そしてグラワリアを平定するという大望が!」
「おい……レクセリア殿下。『お前』、一体、なにを考えて……」
そのとき、いままで無言だったダーナスが、低い声で言った。
「父の命を……利用します」
これほど暗く、痛烈な声をいままでリューンは聞いたことがなかった。
「父はダルクス男爵として、誇りをもって生きてきました。しかしながら、父は病身ゆえ戦に出たことさえなく……武人に憧れながらも、武人とはなれませんでした。ですが……この戦で、この戦に参加し、自らの命をガイナス陛下とリューン陛下に捧げることで、父は武人になろうとしているのです」
意味がわからない。
リューンは決して愚かではない。
だが、一体あの病に伏せった老人が、どうやってこの状況を変えられるというのか?
敵であるタキス伯に書状でも出すというのか。
だが、タキス伯アヴァールは筋金入りの武人だ。
リューンをかばい立てするようであれば相手がグラワリア貴族でさえ殺すだろう。
もはや和平がどうこうという段階ではない。
「間もなく……『機』が参ります。敵が混乱し、動揺するような『勝機』が……その勝機をついて、一気に攻勢に出ます。ですから陛下、いま少し、お待ち下さい。勝機がきたそのときこそ……陛下おん自ら、剣を振るって軍勢を導いてください」
勝機。
この状況で、一体どんな勝機がくるというのだ。
ダルクス男爵の命を賭けるらしい勝機。
彼自身は病身であり、所有しているこの城も、とても籠城むきのものではない。
「敵はこれから起こることを予想していません。ですが、確実に、一時的に混乱します。そのときこそがこちらの勝機! 一気に中央突破を計り、アスヴィンの森へ向かいます」
勝機とはなんなんのか。
一体、敵が動揺するような「なに」が起きるのか。
「ちっ! まさかガイナス王じゃあるまいし、火でも城につけて……」
自分で言った言葉にリューンははっとした。
もし、突然、背後の城が炎上を始めれば、確かに敵は驚くだろう。
さらにいえば、後背に火を背負えばリューン軍も火事に巻き込まれないように、生きのびるために「敵中突破して逃げるしかない」のだ。
(この女……このレクセリアってのは、とんでもねえ玉だ。俺なんかより、こいつのほうがよっほど大した大将じゃねえか! まさか、ダルクス城に火をつけて、火を背負って敵中突破するなんて馬鹿げたことを一体、他の誰が思いつく?)
その瞬間、リューンの背後の城からごうっという音ととも炎が噴き上がった。
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