5 精強なる敵
城壁の外に出ると、満月に近い銀の月に照らされて城外の光景が見えた。
まるで津波のように、兵士たちが集まっては城のまわりで野営していたリューン軍の者たちと戦っている。
「畜生! まさか……夜襲か!」
油断した、とリューンは思った。
リューン軍の総勢三百強の兵士に対し、ガルヴァス候軍、アンシャス伯軍ともにそれぞれ千を超える兵士たちをそろえている。
通常、数において圧倒的に優勢な軍隊は、夜襲をさけるものだ。
数が多ければ同士撃ちになる可能性が高いからだ。
その常識を無視して、相手は攻め寄せてきたらしい。
「畜生……ちっとばかり、相手を舐めすぎていたな」
リューンは盛大に舌打ちした。
実をいえば、諸侯軍は数こそ多いものの、その指揮ぶりなどはあまり優れたものとはいえなかった。
だからこそ、圧倒的な大軍を相手にしもここまでなんとか逃げてくることが出来たのだ。
だが、向こうもついに本気を出した、ということだろうか。
彼らからすれば、あるいは最初からこのダルクスに追い込むつもりだったのかもしれない。
なにしろダルクスはアスヴィンの森の端に接しており、リューン軍の包囲が容易にできる。
「これは……迂闊でしたね」
レクセリアが歯がみする。
「だが……まだ、これで勝負が決まったわけじゃねえ!」
リューンはそう叫び、城壁を離れると暗い迷路のような通路を駆け抜け、外へと飛び出していった。
「わあああああああああああ」
喚声が周囲から聞こえてくる。
城壁のまわりで、戦闘は行われていた。
ときおり紫電が闇のなかに放たれるのは、ランサールの槍乙女が法力を使った証だろう。
近衛騎士あがりも、雷鳴団出身の者たちも一緒になり、互いをかばい合うようにして敵の歩兵と戦っている。
とはいえ、このままではまずいことにリューンは気づいていた。
ダルクスの城は小高い丘の上にある。
その正門、城の東側の土地で野営をしていたのだが、あまり夜襲は想定していなかった。
大軍がわざわざ危険な夜襲をしかけることはない、という思いこみがリューンのなかにも、さらには戦慣れした雷鳴団の者たちの意識のなかにもあったのだ。
それに、とりあえずダルクスに辿り着いて糧食などを得たことで、どこかゆるんだ空気がリューン軍には漂っていた。
その隙を見事に、敵に突かれたのだ。
(でも、やっぱりおかしい。アンシャス伯もガルヴァス伯も、そう大した大将じゃねえ。こんなふうな戦いかたをするほど肝が据わっているともおもえねえ)
確かに銀の月は明るくあたりを照らしているが、ときおり黒雲が月を覆い隠してあたりはまた闇に包まれたりもする。
夜間行軍ならともかく、大軍で夜襲をかけると決めたからには、それ相応の同士撃ちの被害が味方にでることを覚悟しなければならないのだ。
そこには、ある種の覚悟が必要である。
だが、リューンにとっては正直、一番、痛いところをつかれた。
敵は、こちらの気がゆるんだ隙を的確に狙い、襲ってきたのである。
「ガーガール! タキスのために!」
「ガーガール! タキス伯のために!」
ガーガールというのはグラワリア独特の鬨の声である。
だが、そのあとに続いた言葉は、なんと言っていた?
(こいつら……アンシャス伯でもないし、ガルヴァス候の軍隊でもねえ……みんな、新手ってことか! しかも、あの旗は……)
銀の月が再び雲間から顔をだし、風をうけてはためく軍旗を照らし出す。
そこには赤地に黒い鷹の紋章が描かれていた。
(あれはタキスの黒い鷹……間違いねえ、こいつら、タキス伯アヴァールの軍勢だ!)
あの紅蓮宮の混乱で、タキス伯アヴァールが生きのびたことはわかっていた。
だが、それから王器や玉座の争奪戦にくわわり、タキス伯はとっくに故郷にでも戻って勢力を蓄えていると思っていたのだ。
その計算は、見事にはずれた格好になる。
タキス伯の軍勢は機動性に優れるとされていた。
騎兵も軽騎兵が中心で、重厚な鎧に身を包む一般的な騎士とはだいぶ異なっている。
さらにいえば、歩兵も軽装備で、また脚力に優れたものを特に集めているという。
おそらく、あれからタキス伯にはずっと後をつけられていたのだろう。
だが、こちらも斥候を出したりしてそれなりに周囲の様子には気を遣っていたのに、タキス伯はまるでこちらにその存在を気づかせなかった。
(さすがはタキスの黒い鷹……ガイナス王の武将のなかでも相当のもんとは聞いていたが……)
だが、いまは敵に感心している場合ではない。
(ちいっ……駄目だ! これじゃまるで統制がとれてねえ!)
実際、リューン軍の兵士は突然の奇襲に、反射的に戦っているだけなのだ。
そのため命令もなにもあったものではなく、またいまさら陣形を組むことも難しい。
とはいえ状況を察して、城の正門を中心として自然に半円状の陣に似たものをつくりあげているあたり、さすがにこの一月で鍛えられたリューン軍ではあった。
(まずいな……でも、これじゃ勝ち目は薄い……敵は、どうみても千はいる……)
数え切れないほどの戦場に出ているリューンからすれば、月の明かりさえあれば敵の数をだいたい目算することくらいは朝飯前だ。
だが、現状を正確に認識すればするほど、こちらが不利な状況だとわかってくるだけだ。
(まずい)
なにか手を打たねば、圧倒される。
一瞬、後ろの城館を振り返ったが、この城は三百人の兵士を詰めるにも小さすぎる。
それにもしここで籠城したところで、すぐにアンシャス伯やガルヴァス候の軍勢が集まってくるだろう。
それに城館にさほどの糧食の蓄えがあるとも思えない。
援軍がくることを想定して、初めて籠城という戦術は意味を持つのである。
それがなけば、単に無駄に時間を消費するだけで、最終的には食料がつきるか、突入されるかしてしまう。
(つまり、籠城はできない)
となれば、強行突破するしかない。
だが、三百の兵で一千を超える兵士を打ち破ることが出来るのか。
さらにいえばリューンの見たところ、夜襲とも思えぬくらいに敵兵は統制のとれた動きをしている。
相当に実戦慣れした、練度の高い兵たちとみるべきだった。
(まずいぞ……こりゃ、まずい)
グラワリアスを出てから、最大の窮地が訪れようとしていることをリューンは悟っていた。
「陛下!」
そのとき、城門からレクセリアとダーナスが出てきた。
「陛下……この状況は」
「まずい」
リューンは舌打ちした。
「なにかよっぽどの策がなきゃ、どんどん兵力が削られていく」
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