4  秘密の道

「確か、ソラリスとの戦でウォーザ神は右目をえぐりとられたが、その前は黄金色の目をしていた。ソラリス神は自分こそが真の太陽の神と主張して、ウォーザの右目はそれから、空の色に、つまりは青になっちまった……」


「陛下の仰せの通りです」


 ダルクスが言った。


「ダールの前に現れた神は、ウォーザその人でした。彼は名を秘した秘儀により遠き未来に、海の向こうより偽りの太陽の神がくることを予期しておられた。偽の太陽の王たちは、しばらくセレンディーアを統治する……」


 セレンディーアはセルナーダの古名だとリューンは母から聞かされていた。


「しかしながらいずれ王国は三つにわかたれ、やがてその王国も滅びる日がやってくる……そののち、ウォーザにより承認された新たな嵐の王が、この地に自由と嵐とをもたらす……そのときのために、ダルクスにはアスヴィンの森をぬける秘密の道を探し出すという聖なる任務が神より与えられたのです」


 まるでなにかの冗談でも聞かされているようだった。


「ちょっと待て! じゃなくて、ええと、待たれよ! では、その道というのはそんなに古くから……」


 ダールの話が本当だとすれば、それこそ神代の昔ということになる。


「遙か古くから伝わっている伝承と申し上げたはずです……陛下。陛下は嵐の王であられる。いずれこの秘密の道……『ダールの抜け道』を使う定めにあったのです」


「ふん……」


 少しリューンは微妙な気分になった。

 どうにも、彼はあらかじめ定められた宿命といった概念が好きではないのである。

 運命などというものは、自分でつくるものだと彼は信じている。


「つまり俺のために……その道は、残されてるってわけ……いや、残されておるのだな」


「いかにも」


 ダルクス男爵が、嬉しげに笑った。


「我が家系はネルサティア人に征服された後も、この伝承だけは守り抜いてまいりました。何十代にも渡り、いつか嵐の王がくると信じて……しかし、それが、まさかこの私の代になって……この、なんの役にも立たぬ身と思っていた私が、陛下にこの話をお伝えすることになるとは……」


 この老人にとって、病に侵された人生は決して愉しいものではなかったろう。

 だが、彼は愚直に古くからの教えを守り続けていた。

 そして、いま、おそらくは人生の最晩年で、彼の人生はウォーザ神の祝福をうけることになるのだろう。


「古来より伝わっていたダールの抜け道……それは、ただ一人、嵐の王の瞳にのみ映るもの……狼たちが、嵐の王を先導すると伝えられております」


 狼がウォーザと関わりの深い獣であることはリューンも知っている。


「しかし狼、ね……」


 古代セレンディーア人は狼を神聖視していたが、ネルサティア人は家畜を襲うこの獣を嫌った。

 そのためいまのセルナーダでは、狼と聞いてあまり良い印象を持つものはいない。

 もっとも、いまのリューンにとっては狼であろうが人食いのアルグ猿であろうが、アスヴィンの森を抜ける道を教えてくれるというのなら文句はなかったが。


「その狼というのは、なにかの比喩なのでしょうか? それとも……」


 レクセリアの問いに、ダルクス伯爵が答えた。


「さあ……そこまではわかりませぬ。ただ、古来よりの言い伝えにより、ダルクスの地ではたとえ狼が出ても、森に帰すだけで殺すことはありませんでした。そのため、このあたりには夜になると多くの狼が出ます。あるいはその狼たちが、神意をうけて嵐の王であるリューン陛下を、正しき道、ダールの抜け道へと導いてくれるものかと……」


「ふん……」


 なにかこう、またリューンは少しいやな感覚が胸にわだかまるのを感じた。


(ウォーザの神様、俺の守り神ではあるんだけど……)


 自分はウォーザ神の子であると母からは聞かされてきた。

 そんなことは信じてはいなかったが、どうにも自分で思っていた以上に、ウォーザ神とは深い関わりがあるらしい。


(ただなんていうか……本当に、『俺じゃなくちゃいけない理由』ってのは、あったのかな)


 ふと、そんな疑問が芽生えた。


(要するにウォーザ神にとっちゃ……俺みたいな役回りをする奴を『嵐の王』とか呼んじまえばそれで良かったんじゃねえか?)


 ある意味では、こういう思考をするあたり、リューンは異常といえた。

 なにしろセルナーダの地では、神々が実在する。

 彼らはふだんは現世と接する異界にすまうとされているが、誰もその実在そのものを疑いはしない。

 なにしろ神に仕える僧侶たちは実際に神から超常の力を賜り、それを法力として行使するのだ。

 だからこそ、人々は神々を恐れる。

 滅多にないこととはいえ、神々が現世に介入してくることもあるのだ。

 たとえば死の女神ゼムナリアなどは、その名を呼んだだけでもやってくると信じている人々は数多くいるし、それはただの迷信では片づけられない「きわめて現実的な恐怖」なのである。

 宗教がすなわち現世での利益と直結しているセルナーダでは、そのため神々の考えを読んだり、それに不満を言ったりするのは、実のところひどく恐ろしいことなのだ。

 万一、「本当に神々がたまたま聞いているとも限らない」のだから。

 リューンもむろん神々の存在は信じているし、いまダルクス男爵が言ったこともたぶん事実を含んでいるのだろう、とは思う。

 だが、それでもなにかこう、まるで自分が「神々の道具」として使われているようで面白くない。

 とはいえ、おかげで助かったのは事実だ。

 ダルクスの話が事実ならば、これでアスヴィンの森を抜ける秘密の道を、見つけられたことになる。

 そのときだった。

 外から、やけにやかましい物音が聞こえてきたのは。

 金属と金属が打ち合うような音がそのなかには含まれている。

 それは間違いなく、剣戟の、つまりは戦闘の音だった。

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