2 ダルクスの秘密
(でもなあ……まだ小娘だけど綺麗だし……なんていうか、そのなあ)
さしものリューンも世の中には一種の「天敵」というのがいるものだと、最近は実感している。
(対等なつきあいっていうより……なんか、俺、尻に敷かれてないか?)
というのが目下のリューンの悩みだった。
まるでそんなリューンの心を見透かしたかのように、傍らを歩いていたレクセリアが言った。
「どうしました? 陛下。私になにかご不満でも?」
途端にリューンは顔をしかめた。
「いや、別に、その、なんでもねえよ!」
どうにもこの少女といると、調子が狂う。
相手が三王国王家の王妹だから緊張している、といったわけでもない。
ただなんというか、レクセリアの前にいるとリューンは奇妙に、彼女に従順になってしまうのである。
むろんレクセリアは王家の出身だ。
決して、他の連中が多くいる場ではそんな態度は出さない。
ふだんは人形のようにおとなしくしているのだ。
だが、いざ指導者層だけの「仲間うち」となると、途端にあれこれとリューンに口を挟んでくる。
おまけにこれにメルセナの小言も加わり、どうにもリューンとしてはあんばいが悪い。
(おかしいな……俺、グラワリア王になったはずなんだけどな……)
と、なんだか運命の二女神に騙されたような気がしないこともないが、まあ仲間うちでうまくやれているのだからこれでいいのだ、と自分を納得させることにしていた。
それに、いまはそんなことを考えている場合ではない。
薄暗いダルクス男爵の居城の廊下を歩きながら、先頭を歩く小男の言うことを信用してよかったのか、とまた疑念がよぎる。
ダーナスはカグラーンよりは身長はあったが、それでも兵士としては驚くほどに小柄である。
だが、その身長に似合わず筋肉はすさまじいほどについており、また戦いのときの勇猛ぶりも凄まじい。
さらには小領主とはいえ貴族の家の出らしく、それなりの指導力も備えている。
実際、近衛騎士出身の連中のうち、このダーナスを一番高く、リューンは買っていた。
(四男じゃなきゃ……俺なら、こいつを家の跡取りにつがせていたな)
とはいえ、彼の言った「ダルクスの秘密」とは本当なのか?
そんな疑念がないといえば嘘になる。
アルヴェイアとグラワリアの国境の中央に、巨大な森林地帯が横たわってる。
通称、「魔の森」とも呼ばれる、アスヴィン大森林である。
この森には、魔獣と呼ばれる魔力を帯びた動物……というよりは怪物というべきものや、超自然の妖魅などが住まっている。
セルナーダの地がもっとも栄えたという帝国期の最盛期でさえ、この森を切り開いて開拓することはついにかなわなかった。
アスヴィンの森は通行不可能。
それが、セルナーダでの常識である。
だからこそ、グラワリアとアルヴェイアとの戦争は、常に森の西、あるいは東のどちらかで行われていたのだ。
真ん中にアスヴィンの森がある以上、そうならざるを得ない。
だがもし「アスヴィンの森を突っ切る隠し街道」のようなものが存在したら?
実のところ、そうした噂は傭兵時代から、リューン自身も聞いていた。
実際、森を横断して新たな道を見つけようとした者もいたらしい。
だが、たいていのものは森のなかに一日ほどいったことろで引き返すか、あるいはそのまま二度と戻ってこなかった。
アスヴィンの森は魔獣や不可思議な怪異の類が、あまりにも多すぎるのだ。
現世と重なる魔術的宇宙の歪みに魔獣は引き寄せられるという。
そうした場所は特に「魔獣溜まり」などと呼ばれ忌避されるのだが、アスヴィンの森は森全体が魔獣溜まりのようなものなのだ。
さらには謎めいた非人間種族の古代遺跡、またアルグという高い知能をもつ猿のような種族が森を跳梁しているという。
アルグの群れなどは辺境にすまう住民にとっては悪夢のようなものだった。
アルグたちは残忍に人を殺して彼らの暗い神々にささげるうえ、人肉がなによりの好物ときているのだからそれも当然のことだ。
だが、ダーナスは確かに言ったのだ。
古来より、ダルクス男爵家には、この森を抜ける道に関する秘密がある、と。
それは「ダルクスの秘密」と呼ばれ、代々の男爵たちに受け継がれてきたのだと。
そもそもダルクス男爵家の先祖は、いわばその門番役のようなものだったらしいとさえダーナスは言っていた。
もし、そんな道が実在すれば、まさにいまのリューンたちのために用意されたようなものだ。
なにしろいまは、北東のガルヴァス候軍と南のアンシャス伯軍、二つの軍勢に追われているのだ。
彼らが「僭称王リューン」の首と玉璽を欲していることは明らかだった。
だが、もしアスヴィンを抜ける道があるとすれば、その道を通って一気にグラワリアからアルヴェイアへと行くことができる……。
やがて、ダーナスが一つの古びた木の扉を軽く拳で叩いた。
「父上、『正当なるガイナス王の後継者リューン陛下』と、アルヴェイア王国王妹レクセリア殿下をお連れいたしました」
内側から、ゆっくりと扉が開かれた。
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