14 覚悟
一体、アルヴェイアの貴族たちはなにをやっているというのだ。
相も変わらず、馬鹿げた権力争いをして民をこれ以上、苦しめる腹づもりだというのか。
「我が兄ながら……なんと、愚かな……」
思わず、本音が漏れた。
兄は決して愚昧ではない。
ではないのだが、勇気とか決断力とか、そうしたものが完全に欠落している。
ときおり兄のほうが自分より状況を見通す能力が高いのではないか、などとレクセリアなどは思っていた。
だが、兄には王に必要な胆力というものが致命的なほどに欠けているのだ。
(おそらく今頃はセムロス伯に庇護されながら、これからどうすればいいかわからずにおろおろしているのだろう……)
残酷な話ではあるが、レクセリアのこの予想はほぼ的中している。
「王たるべき資格のない者が王になっている……これこそが、アルヴェイアの不幸」
レクセリアは我知らず歯ぎしりしていた。
「ガイナスのような破壊者を王に頂いたこのグラワリアと同じように、いずれアルヴェイアも大変なことになる。このままでは、民が……」
それを聞いて、リューンが驚いたように言った。
「民? 民って……その、要するに、普通の奴らのことか?」
「当たり前です!」
怒りのあまり、レクセリアはさきほどまでの敬語を忘れていた。
「民あってこその王国なのです! 王などはただの統率者にすぎない! 民が働き、王や貴族は彼らの安全を保つ! 僧侶たちは神々からの法力を賜って人々の暮らしの役に立つようにする! それこそが当たり前の、本来、あるべきの王国の姿です」
実のところ、レクセリアのこの、民こそが国の基盤という思想はこの時代には異常といってもよいものだ。
この「異常な思想」を植え付けた者こそ宦官魔術師のヴィオスなのだが、彼は良くできた弟子を見る教師の目でレクセリアを見つめていた。
「なんていうか……変わったお姫様だなあ、あんた」
リューンの言葉に、カグラーンが怒声をあげた。
「兄者! こともあろうに、その、アルヴェイア王家の姫に……しかも王妹殿下にむかってなんて……」
「いえ、構いません!」
レクセリアは、改めてリューンを見つめた。
「あなたはグラワリア王位を継ぎました。それは私がちゃんと知っています。ですから私のなかではあなたはグラワリア王、つまりは私よりは格上の立場。ですが、あえて私はあなたと対等に話します……身分も、性別も関係なく、一人の人間同士として」
これまた、異常な思考である。
この時代、身分差というのは太陽が常に東の空から昇るのと同様に、当たり前のものだった。
貴族の命の重みと民の命の重みはまるで違うもの、対等に話すという概念自体がそもそもあり得ないのだ。
「ははは……対等って、つまり同じってことかよ! 本当になんなんだ、あんた!」
リューンは珍しい獣でも見るような目でレクセリアを凝視していた。
「なんですか! 私は珍しい獣でも変わった異国の飾り細工でもありませんよ? 私はあなたと同じ、対等の立場の人間です」
「まあ、確かに俺たちゃよく似てるかもしれねえなあ……特に、目の色とか」
確かに二人とも、同じような右が青、左が灰色の瞳という「ウォーザの目」の持ち主である。
「でもそれだけじゃねえ……俺はただの傭兵で、あんたは王女に生まれたかもしれないけど……ひょっとすると、俺たちはなにか特別な運命かなにかで結ばれているのかもしれねえ。こんなこというガラじゃないのはわかっているが」
特別な運命と聞いて、ようやくレクセリアは、改めてこの男の「妻になっている」のだと理解した。
だが、この男となら。
あるいはこの獣のような荒々しい力を持つ男をうまく使えば、アルヴェイアに……否、三王国に安定をもたらすことができるかもしれない。
武力、軍事の力というのは一種の劇薬である。
うまく使えば劇的な効果をもたらす一方で、ちょっとでも使い方を間違えば凄まじい悲劇をもたらす。
だが、この男をうまくてなづけることができたならば。
いや、この男と対等に人としてつきあい、そして、共に戦えば、あるいは。
(これが……私の、運命なのか)
レクセリアの胸の奥から強烈な使命感がわきあがってきた。
これからグラワリアは大変なことになるだろう。
そして、アルヴェイアも内戦が起きようとしている。このような波乱の時代、アルヴェイアを、ひいては三王国を平定し、秩序をもたらすにはどうするべきか。
一度、古い秩序に嵐を起こして破壊しつくし、その上に新たな秩序をたてる。
覚悟が、決まった。
「リューンヴァイス……あなたが嵐の王になるというのなら、この私は『嵐の女王』となりましょう。あなたがグラワリア王になるのであれば……私は、アルヴェイアの女王となります。なにか異存はありますか?」
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