13 燃える紅蓮宮
西の空に太陽が没しつつあった。
世界は鮮やかな夕映えに染められ、天も大地も燃え上がっているかのようだ。
いや、事実、北にある城のようなつくりの王宮は、すでに火の手に包まれていた。
グラワリア王国王宮、紅蓮宮。
漆黒の影のような禍々しいその姿が、いまオレンジと黄金の燦爛たる炎に包まれ、崩れかけている。
太陽は西の没し、王宮はすでに燃え上がっている。
ある意味、それは一つの時代を象徴するものといって良かった。
これから正当な王位を巡り、凄まじい混沌の嵐がグラワリア全土を吹き荒れることだろう。
否、あるいはその嵐は、アルヴェイアやネヴィオンといった他の三王国を巻き込むものとなるかもしれない。
(グラワリアは……あるいは、このまま滅亡してしまうかもしれない……)
紅蓮宮には数ヶ月、捕らわれていたが、実際に自分の住んでいたところがこのように燃えているというのは、なんだかひどく哀しいものだとレクセリアは思った。
(いや……紅蓮宮だけではなく、いつかアルヴェイアの青玉宮も、このように炎に包まれるのかもしれない……)
そう考えると、なにかうそ寒いものが背筋を走った。
「あーあ……ったく、派手に燃やしやがってよお」
リューンがため息をついて言った。
「あんなもの、また建てるには金とかいろいろといるだろうに、なんでこう、燃やしちまうかね」
「そりゃ兄者……紅蓮宮は、城塞として『使いでがよすぎる』からな。ここに長居する気のない諸侯にとっちゃ、いざ敵に立て籠もられるよりは燃やしちまったほうがいいってことだ」
カグラーンが……レクセリアが驚かされたことにどうやら本当にリューンとは血の繋がった弟のようだ……しみじみとした口調でつぶやいた。
いま、レクセリアたちがいるのは王都グラワリアス郊外、馬と羊の放牧地らしい丘の上だ。
すでにグラワリアスの都に、諸侯の軍隊が入って略奪や戦闘などが始まっているようだった。
当初はリューンたち一行もグラワリアスに出て、船で湖や河川を移動するという案もあったのだが、あらかじめ事あるを予期していたのか、かなりの数の諸侯がグラワリアスの都にすでに兵を置いていたのだ。
都から逃げてきたものたちはみな、とりあえず家財をまとめる暇もなく、ほうほうのていといった者ばかりだった。
なかには怪我人や、火傷を負った者も珍しくはなかった。
彼らには、むろんなんの罪もない。
ある意味、グラワリアスの都が戦場となったのはリューンが勝ったせい、ということもできる。
もしアルヴァドスが勝利すれば、おそらくこれほどの大混乱にはならなかっただろう。
すでに自分の悪い噂がたっているらしいことは、グラワリアスの都に残していた雷鳴団の仲間たちに聞かされていた。
カグラーンはレクセリア救出のため、雷鳴団の兵をこの丘に集めるとあらかじめ決めていた。
おかげでなんとかグラワリアスの都に居残っていた連中とも合流できたのだ。
(傭兵が王になって都に火をつけろと命じたらしい)
(傭兵はウォーザ神の化身で、黄金の血をひく者を皆殺しにしろと言っているようだ)
(嵐王リューンとかいう奴はガイナス王を斬り殺し、王位に就こうとしたらしい)
(アルヴァドス卿を毒殺して、リューンはガイナス王の臣下となったらしい)
さまざまな怪情報が流れ飛んでいるのは、ある意味、仕方のないところではある。
いずれにせよ、紅蓮宮での出来事はすでにアルヴェイアの青玉宮や、ネヴィオンの緑樹宮にも伝わっていることだろう。
なにしろ水魔術師の使う魔術のなかには、一瞬で思考を遠距離の術者に送り込むものがある。
さらに風魔術師のなかには空間歪曲という呪文により、遠距離を瞬時に跳躍する者までいるのだから。
さらには青の月の女神であるネシェリカは通信と交易の女神であり、その僧侶や尼僧は他の寺院に即座に思考を伝送することができる。
(問題は、これからどうするかということですが)
果たしてリューンは、これからどんな判断を下すのか。
なるほど、彼が大した人物であることはわかった。
だがいままでのところは、要するに戦で役立つようなことだけだ。
しかしこれからの彼の行動は、もはや戦略という次元になってくる。
(形ばかりとはいえグラワリア王位を継ぎ、玉璽は手に入れた……さて、これでどうするのですか?)
まるでそんなレクセリアの問いの答えるように、リューンが言った。
「しかしこりゃあ、やっぱりグラワリアにはいられねえなあ」
正解だ、とレクセリアは心のうちでつぶやいた。
いまグラワリアにこだわったところで、リューンには未来はない。
誰もが「王位簒奪者」という大義名分をたて、玉璽目当てでリューンに襲いかかってくるだろう。
なにしろ紅蓮宮での事件が正確な形で外に伝わるとも思えない。
ことと次第によれば、リューンがガイナスを殺して玉璽を奪ったとされるかもしれないのだ。
そうなれば、リューンの首級をあげたものこそが王位に近づくことになる。
「しかしグラワリアにはいられないとなると……三王国のなかにはあとはアルヴェイアかネヴィオンしかねえ……」
各地を転戦している傭兵とはいえ基本的にリューンはアルヴェイア人である。
となれば……。
「レクセリア殿下のこともあるし、やっばり、アルヴェイアにいくしかねえか」
これが正解かどうかは、正直にいって微妙なところだ。
なるほど、グラワリアを出るまではよい。
だが、そこから先となると……アルヴェイアではなくむしろ中立的な立場にあるネヴィオンに行けば……。
「そうだな。兄者の言う通りだ。ネヴィオンにいったところで、俺たちゃ怪しい傭兵くずれでしかない。それにつてもなんにもないし……まあレクセリア殿下は丁重にもてなされるだろうが、結局、俺たちは運が良くて幽閉、わるけりゃ首だけになって『正当な次のグラワリア王』のもとに届けられるだろうよ」
彼らの現実認識の冷徹さには、改めて驚かされる。
傭兵とはいえ、きちんと自分の政治的な立場というのを彼らは理解しているのだ。
いくらグラワリア王を名乗って玉璽をかざしたところで、いまのままではそんなものには大した力がないと自らをわきまえている。
(さすがに転戦してきた傭兵というのは、こうでなくてはつとまらぬものなのか)
だが、リューンやカグラーンにしてみれば、実のところいくら一度、戦に勝ったとはいえまだ十六の少女にすぎないレクセリアがここまで政情というものを見通していることに、かえって驚嘆しただろう。
このあたりは、王家の生まれということもあるし、生来のレクセリアの英明な資質でもあるのだが。
さらにいえば、宦官魔術師にして教師であったヴィオスの薫陶の賜でもある。
「とりあえず、アルヴェイア……これは決まりだな。問題なのは、アルヴェイアに戻ったら戻ったで、また偉いことになっているってことだ」
レクセリアは眉をひそめた。
実のところ、紅蓮宮にいた間、故国の政情についてはほとんど知らされていない。
「ええと……まあ手短に説明すっと……」
と頭を掻きながら、リューンはアルヴェイア国内の話をした。
セムロス伯の台頭からエルナス公ゼルファナスの逃亡と蜂起、そしていまアルヴェイア国内がエルナス公派とセムロス伯派のまっぷたつに割れて内乱になろうとしている件について。
「馬鹿な……」
さすがのレクセリアも、あまりのことに目眩がした。
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