12 王者の咆哮
「兄者! こいつらには説得とかそういうのはききそうにない。こいつらの金の鉢の紋章は……ボルルス伯の兵士ってことだ!」
確かに兵士たちの胸には、金の鉢をかたどった紋章らしいものがあった。
そのなかの一人、騎士らしい重装備の男がよく通る声で叫んだ。
「いかにも、我らはダルフェイン伯ボルルス殿につかえし者! リューンなる者よ! 伯爵閣下は寛大にも貴殿を臣下にしたいと申されている! 光栄におもうがよい!」
途端だった。
びっしりと槍襖をくんだ兵士たちの前だというのに、リューンは派手な笑い声をあげはじめた。
「あはははははははははは! 馬鹿か、お前は! いいか、俺はガイナス王から次代のグラワリア王に指名された……正当な王だ! なんで王が伯爵ごときの言うことを聞かなきゃならねえ!」
リューンはもの凄い目で敵兵たちを睨みつけた。
「いいか! 命令する前に相手が誰なのかこれからはちゃんと確かめておけ! 俺は嵐の王リューン! グラワリア王だ! そして俺は、あのゼヒューイナス候アルヴァドスをぶち殺した男だぞ!」
途端に、兵たちの間に目に見えて動揺が走った。
彼らは別に、嵐の王うんぬんということに怖じ気づいたわけではないだろう。
これからどうしてよいか、誰の指示に従えばいいか混乱している兵士たちとは違い、ボルルスへの忠誠を誓っているからだ。
だが、リューンはあの巨人のようなアルヴァドスを倒したのだ。
むしろその事実のほうが、兵士たちの意気をすくませているのだろう。
実際、いまレクセリアが思いだしてもアルヴァドスの戦いぶりは凄まじいものだった。
グラワリア人の間では、おそらくアルヴァドスは無敵の人間のように思われていたに違いない。
その男に、リューンは真っ正面から挑み、一騎打ちで勝利している。
「おい……どうした、お前ら! そこをどけって言っているんだが聞こえねえのか!」
刹那、リューンから凄まじい殺気が放たれた。
飢えた野獣どころか、まるで巨竜が獲物を射すくめるような、凄まじい目つきをしている。
なにかの魔眼ででもあるかのように、リューンの青と灰色の色の異なる瞳は、ボルルス伯に仕える兵士たちの体を震わせたのだ。
明らかに、ボルルスに仕える兵士たちは動揺していた。
騎士たちにとってもこれは計算外だったらしい。
「それに俺だけじゃねえ……俺には数も少ないが手勢がいるんだ! 邪魔だてすると、ろくなことにならねえぞ!」
さきほどの騎士が、吠えるような声をあげた。
あるいは、それは一種の怯えによる反応だったかもしれない。
「だっ黙れ……ものども、か、かかれ!」
絶叫して、騎士は長剣をリューンたちに向けたが、兵たちは動かなかった。
いや、より正確にいえば動こうとはしている。
彼らは左右に、逃げ始めていた。
「馬鹿な……こんな、馬鹿なことが!」
さしもの騎士も、なにもしてないのに兵たちが逃げていくということが信じられないようだった。
こういうことは、一度、始まると一気に進むものだ。
はじめは数人の兵が隊列から逃げ出しただけだったが、やがて雪崩れでも起きたかのように一斉に兵士たちが左右にどっと壊走を始めた。
「リューンだ……ゼヒューイナス候を殺したリューンがきた!」
「殺されるぞ! 嵐の王に殺される!」
兵たちは、一種の恐慌状態に陥っていた。
さきほどまで比較的、統率がとれていたのが嘘のようだ。
レクセリアにとってそれはある意味、衝撃的な眺めだった。
同時に、リューンという男の本来、持っていた力がさきほどの決闘から巨大さを増したのを感じていた。
あの決闘でアルヴァドスを相手に戦い、王位をガイナスより授かったことで、言うなればリューンはいままではまったく別種の人間へと化けたのである。
それは魔術などではなく、人間の心理が持つ力といったほうがいいかもしれない。
リューンはアルヴァドスを倒したことで、まず肉体的な強さを示した。
さらに王位を授かり、ウォーザ神の奇蹟を起こしたことで王位という一種の権威を獲得した。
実のところ、リューンという男本人は、決闘前とさして変わってはいないのだろう。
だが、周囲がリューンを見る目が変わったのだ。
もはやリューンは、一介の雷鳴団とかいう傭兵団の隊長ではない。
彼は無敵とも思われた巨人アルヴァドスを倒した男であり、そしてガイナスにより王位を譲り受けられた王なのである。
左右に退いた兵たちがどんどん逃げていく。
とはいえさすがに騎士たちは誇りもあるのか、体を興奮、あるいは恐怖のために震わせながらもリューンを見据えている。
その騎士たちにむかって、リューンが凄まじい咆吼を放った。
「どけ! これはグラワリア王の命令だ! 俺の言うことが聞けねえってんなら……この俺が、てめえらをゼムナリアの死人の地獄にたたき込んでやるぞ!」
その獅子の叫びのような、王者の声はあるいはガイナスすらも圧倒する者だったかもしれない。
「あ……ああああああああああ」
なにか、意味不明のことを叫びながら重い鎖帷子をまとった騎士たちが、兵士たちと同じように無様に逃げていく。
彼らはリューンという男の一声だけで威圧され、逃亡したのだ。
「さあ……これで、ようやく外に出られるってもんだ!」
リューンが笑うのを聞きながら、レクセリアは戦慄に近いものを覚えていた。
(これが……嵐の王……兄とは……シュタルティスとはあまりにも違う……そして暴虐だったガイナスともまた違う……これが嵐の王……)
なにか新しい時代が始まる。
自分はその運命の激流に巻き込まれつつあるが、それは果たして正しいことなのか、ふいに恐怖のような感情がこみ上げてきた。
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