11  遮るものたち

 グラワリア王宮である紅蓮宮は、もともとが城塞を意識したつくりである。

 そのため、外部からの攻撃を防ぐようなさまざまな仕掛けがある。


(これは……案外、面倒なことになるかもしれない)


 リューンたちに守られるようにして走りながら、レクセリアはそんなことを考えていた。

 赤い文様の大理石を用いた回廊のいたるところから、剣戟の音が聞こえてくる。


「嵐王リューン万歳!」


「いまこそアヴァールどのの下に!」


「ボルルス卿のもとに集え!」


 兵士たちは喉を枯らして、互いに一種の宣伝をやっていた。

 いま、紅蓮宮は混乱の極みにある。

 小姓や女官たちは、ただただ逃げまどうだけだ。

 なかにはこの隙に乗じて、王宮内の宝物を盗もうとしている剛の者もいたが、大半の兵は自分がどうしてよいかわからずにいる。

 いままで三王国のなかで、もっとも王としての権威を保っていたのは、実はガイナス王であったかもしれない。

 たとえ弟との内戦を行っているとはいえ、少なくともガイナス派の諸侯たちは、文字通りの忠誠をガイナスに誓っていた。

 もしガイナスに逆らえばどんなことになるか、彼らは知悉していたのである。

 いわば、いままでグラワリアのガイナス派諸侯やその兵たちは、ガイナスという巨大なたがで締め付けられていた。

 そのたかが外れれば、どうなるか。

 まさに、無秩序の極みというものである。

 実際、ガイナスも死後にどんな混乱が生じるかまでは計算していなかったのではないか、とレクセリアなどには思える。

 ただ、ガイナスは明確な意図をもって、グラワリアに不和の種をまき散らしたのだ。

 力あるものが実力で国を勝ち取るという時代をつくりあげるために。

 間違いなくガイナスは一種の異常者である。

 だが、同時に彼が歴史に名を残す類の巨人であることもまた事実だった。

 これからガイナス派が支配していた諸地域で、恐ろしい混乱が起きるだろう。

 なにしろ観覧席にいて焼き殺された貴族たちのなかには、相当に爵位の高い大貴族が少なからず含まれている。

 その主を失った領地を、生き残ったガイナス派諸侯はつぎづきと切り取っていくに違いない。

 あるいは一時的な連合をくんだりするかもしれないが、それを束ねる資質がある者はそうはいない。

 さらにガイナスの恐ろしいことは、スィーラヴァス派にもこの混乱が甚大な影響を与えると理解している点にある。

 一見すると、ガイナス派がばらばらになればスィーラヴァス派が一気に勢力を伸ばしそうなものだが、もし王器をもったものがアヴァールやアルヴァドスといった、一応は黄金の血をひく者であったらどうなるか。

 いままでスィーラヴァス派と呼ばれていた諸侯たちも、単純にガイナスの暴政にあきれたもの、また個人的な恨みを買ってしまったものの集合であり、その象徴としてスィーラヴァスを担いでいるというだけの話だ。

 そしてスィーラヴァスといえば、先年のヴォルテミス渓谷の戦いでもわかっている通り、優柔不断で、いざというときの決断力に欠けるところがある。

 新たに大貴族が王器を手にいれ、「新たなグラワリア王」を名乗ったとき、そんなスィーラヴァスのような男に何人の貴族がついていくだろうか。


(となれば……グラワリアは荒れる。むちゃくちゃなことになる)


 それがレクセリアの判断だった。

 いまの紅蓮宮の混乱ぶりは、そのままいずれガイナス派諸侯の領地、さらにはスィーラヴァス派諸侯の支配地域にも広がっていくだろう。

 いままでは内戦といっても、ある意味では図式は単純だった。

 暴虐な国王と、それに反旗を翻した弟という二派に割れていたのだ。

 だが、これからはグラワリアでも諸侯たちにとって誰が敵で誰が味方かわからなくなる時代がくる。

 リューンもさきほど言っていたように、敵がはっはりしていたほうがむしろ安全なのだ。

 一番恐ろしいのは、誰が敵か味方が区別がつかぬということである。


(この炎は……いや、嵐はどこまで広がるのだろう)


 あちこちから槍を振るう音や、所属を確かめ合う兵士たちの声が聞こえてくる。


「畜生! なんだってこの宮廷は、こんな七面倒くさいつくりになってやがる!」


 下品な罵声をあげているあのリューンという男がこの波乱を生み出した張本人だと思うと、ひどく奇妙な、滑稽な物語のなかに自分が彷徨い込んでしまったかのような感覚にとらわれる。

 ただ一人の傭兵隊長が、王になる。

 何度考えてもありえないことのように思える。

 だが、リューンはそのありえないことを現実にしてしまったのだ。

 つくづく恐ろしい男である。

「わあああああああ!」

「死ね……この傭兵が!」

 リューンのもとに何人かの王宮の近衛兵らしいものがやってきたが、彼らはリューンに近づく前に、その周囲に密集したランサールの槍乙女たちに串刺しにされていた。

 実際、いまもレクセリアの周囲には、ランサールの槍乙女たちがひしめいている。


「くそっ! これじゃ戦いたくても戦えねえじゃないか!」


 リューンが愚痴るのを聞いて、カグラーンが笑った。


「はっ! 兄貴もいい身分になったものだなあ! こんな綺麗な女たちに守ってもらうなんて!」


 それを聞いて、槍乙女の首領であるメルセナが叫んだ。


「私とて貴様らのようなものを守りたくはない! しかし、貴様が嵐の王であることは……もはや疑いようがないようだ……」


「ああ、そうとも」


 リューンは駆けながら偉そうに威張って叫んだ。


「だったらメルセナだったな! ねえちゃん、お前も俺のことをちゃんと『陛下』って呼びやがれ!」


「誰か貴様のような……いや、しかし確かに貴様は嵐の王……」


 レクセリアが見ているともうなにかの冗談にしか思えないのだが、彼らは彼らなりに真剣らしい。

 気がつくと複雑な回廊を幾つも抜けて、城門の近くに辿り着いていた。

 紅蓮宮の正門は城の南西に位置している。

「よっしゃあ、門が見えてきたぞ!」

 リューンは嬉しげに叫んだが、その前にはずらりと武装した騎士や兵士が並んでいた。

 その数は、数百人というところだろうがなにぶん、狭い空間につめこまれているのではっきりとしたことはわからない。

 ただ、いままでの兵たちとは違い、彼らはそれなりに統制が取れていた。


「ちっ……やっぱり、はってやがったみたいだな!」


 カグラーンが舌打ちした。


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