10  果断

 言われてみれば、リューンの言うとおりだ。

 しかし、カグラーンはリューンのことを兄者とか言っていた。

 まさかこの醜い小男が、本当にリューンの弟だというのだろうか?


「それに……王器なんて代物を抱え込むのは、かえって面倒なことになる」


 リューンは言った。


「いいか、俺がガイナス王からもらったのは、この玉璽だけだ。逆に言えば、俺は『これくらいでちょうどいい』んだよ」


 あっとレクセリアは声をあげそうになった。

 リューンがなにを考えているか、理解したのだ。


「確かに、リューン陛下のおっしゃる通り……もし王器までも確保してしまえば、グラワリア諸侯はなんとしてでも王器を取り戻そうと追撃の兵を放ってくるはず……いえ、グラワリアのほとんどの諸侯がおそらくは敵となるかもしれません。でも、王器を残しておけば……」


「貴族連中が、王器って奴をめぐって勝手にぶつかりあう。その奪い合いをしている間に、こっちはとりあえず、安全なところまで逃げてそこから落ち着いていろいろ考えてもまずくはない」


 リューンはこの短い瞬間に王器の持つ政治的な意味を即座に見抜き、そして王器にこだわれば自分がどんな不利な立場にたつかを即座に判断したのだ。

 やはり、ただの傭兵隊長ではない。

 この男は、恐ろしいほどによく目先が見える。

 それだけではなく、果断な判断力も備えている。

 王器にこだわれば、死ぬ。

 そうリューンは考えたわけだが、これにはレクセリアも同感だった。

 諸侯たちは玉璽はともかく、王器を手にした者を決して許しはしないだろう。

 なにしろ王器は「新たに王に仕える貴族を定める儀式に使う」代物なのである。

 つまり、王器を得たものこそが真のグラワリア王として好き勝手に貴族の爵位を定めることも、理屈としては不可能ではない。

 だが、リューンがそんなことをやろうとしても恐らくは殺されるだけだろう。

 いくらウォーザ神の奇蹟が示されたとはいえ、そもそも王器はソラリス神の寺院によりつくられた太陽神の祭器の一種である。

 それは伝統はあるが「古い王権」の象徴にすぎない。

 そんなものにこだわるのは、「嵐の王」にはふさわしくはない。


「逆にいえば、いまが好機ってもんだ! 諸侯どもは、俺よりまず王器確保に走ってお互いに殺し合いを始める! その隙に、とりあえず俺たちは逃げる!」


「そうだな、確かに兄者の言うとおりだ」


 カグラーンも、うなずいた。

 この男も、やはり相当に頭が切れるらしい。

 とにかく命あっての物種だ。

 いや、傭兵出身の彼らにとっては、それはむしろ当たり前のことなのだろう。

 気づくと、何人もの兵士とランサールの槍乙女にリューンとレクセリアたちは取り囲まれていた。

 彼らはどうやら、皆、味方と考えてよさそうだ。

 総勢でも数百という規模だろうが、逆にこれくらいのほうがちょうどいい、とレクセリアは思った。

 あまりに兵が多いと小回りが効かない。

 いまとにかく必要なのは、機動力なのである。


「おい! 嵐の王に忠誠を誓った奴ら、つまり俺の臣下どもに告げる!」


 リューンが叫び声をあげた。


「これから城内で所属のわからない兵士にあったら、『嵐の王に忠誠を誓うか』と聞け。もし相手がしばらくためらっていたら……殺せ!」


 それを聞いて、レクセリアはぞっとした。

 これでは、まるでガイナスのやり口ではないか。


「それは、いくらなんでも……」


「いや、殿下。これでいいんだ」


 リューンは自信ありげに言った。

「こういう場所で一番怖いのは敵兵じゃない……『敵か味方かわからない奴』だ。そいつらは味方のふりして、いつ敵に寝返るかわからねえ! 戦場には敵か味方か、この二つしかないんだよ! そして『いままで味方だった仲間を殺した奴はもう嵐の王の臣下としてやっていくしかねえ』んだ!」


 レクセリアは再度、体を震わせた。

 リューンの苛烈さは、ガイナスの無意味な殺戮とはまた異なるものだ。

 なるほど確かに敵か味方かはっきりしなければ、とてもではないが兵たちは信用できない。

 だが、味方だったはずのグラワリア兵を殺してしまえば、もう嵐の王の臣下となるしかない。

 つまり、これは一石二鳥の手というわけだ。


「ここだけの話」


 リューンは、にっとほとんど邪悪といっていい笑みを浮かべた。


「これで俺に忠誠を誓った奴らが他の兵士を捜しに宮廷をうろうろしている間に、俺たちはさっさとずかっちまえばいい。それで俺たちについてこれないような鈍い奴は……部下として役にたたねえ」


 一石二鳥どころか、今度は部下の兵士としての適正もしめす三鳥、というわけか。


「なんだか、兄貴……王様になってから、頭の冴えもよくなったんじゃないか?」


 カグラーンの言葉に、リューンが笑った。


「かもしれねえな。なんだかあの稲妻に撃たれてから、こう、体がしゃきっとした感じだ。俺のおふくろ、いつもお前の父親はウォーザ神だって言っていたけど、あれ、ひょっとすると本当かもな」


 レクセリアは再度、ぞっとした。

 神の子。

 嵐の王の子。

 三王家の王家も、もとをたどれば異郷ネルサティアの地で「太陽神の息子」として生まれた男の子の血をひいているとされる。

 だとしたら、本当に神は人間と子をなすことができるのだろうか?

 いままでは神話、伝説の類だと思っていたが、そうしたことがあってもおかしくはない。

 いや、とレクセリアは思った。

 おそらく、自分たちはいまこの瞬間にこそ、神話、伝説のなかにいるのではないか。

 さきほどリューンが言っていたではないか。いつかセルナーダ英雄伝に自分たちの名がのるようになると。

 たぶん、その予想はあたるだろう。

 だが、そのなかでレクセリアという女はいったいどのように描かれるのか。

 嵐王リューンの妻となり、アルヴェイアを再興に導いた偉大な女王か。

 あるいは、暴虐なる僭称王リューンに付き従った売国の王女となるのか。

    

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