8 僭称王
ガイナスの言うとおりだった。
さきほどの「奇蹟」により、嵐の神、天空の神ウォーザが自分の王権を認めたことは理解している。
だが、あるいはそれを愉快に思わない神々たちもいるかもしれない。
セルナーダでは、神々は実在する。
王になれば、そういった超自然の存在も巻き込んだ巨大な動乱のなかに投げ出されることになるのだ。
「ガイナス!」
リューンは叫んだ。
「俺はあんたがなんでそんな最後を選んだか、全部がわかっているわけじゃねえ! ただ……あんたが自分の弱さに負けたってことだけはわかる!」
それを聞いたガイナスが呵々大笑した。
「その通りだ! しかと見よ、リューンヴァイス! これが弱者の、弱き王にふわさしい最後だ! だがリューン! 貴様はウォーザの加護すらある! 貴様ならばセルナーダ全土を制する覇王にすらなれるかもしれぬ! 暴れろ! 壊せ! そして戦え!」
その刹那、派手な音をたてて燃える観覧席の覆いがガイナスの姿を炎のなかに埋めていった。
「死んだ……ガイナスが……いや、王だった男が……」
リューンは、呆然とつぶやいた。
周囲を見渡すと、兵士たちは完全な混乱状態に陥っていた。
どうやら、この決闘場の周囲にはさまざまな種類の兵士たちがいるらしい。
もともとの王家の近衛兵から、諸侯たちの私兵、さらにはいままでガイナス王に仕えていたランサールの槍乙女たちまで。
そのなかで、ランサールの槍乙女たちが素早く、リューンの周囲に集まってきた。
メルセナという例の槍乙女の長の姿が見えた。
その青い瞳は、わずかに涙に濡れている。
おそらく、彼女はガイナスのことを愛してもいたのだろう。
しかしガイナスは死んだ。
そしてガイナスは、真の嵐の王であるリューンに仕えろとメルセナたちランサールの槍乙女に命じていたのだ。
「リューン陛下」
この瞬間、リューンは初めて「陛下」という称号つきで呼ばれることとなった。
「陛下。いかがなさいますか? おそらく、あの火災を逃げ延びた貴族たちは、紅蓮宮の外の自らの軍勢を動かすものと思われます」
そうだ。
俺は王だ。
これからはすべて、自分で判断を下さねばならないのだ。
「ちっ……さっそく、っていうかいきなり戦になるわけかよ!」
リューンは舌打ちしたが、その顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。
周囲の兵士を見渡すと、リューンは叫んだ。
「おい、お前ら! というわけでお前らの見た通り、俺は王になった! 俺こそが真のグラワリア王だ! それが先王陛下のご遺志でもある! 俺に従いたい奴は、従え! 俺を王として認めぬ者は、好きにしろ! いいか、お前ら……俺たちは、いま歴史って代物のまっただ中にいるらしいぞ!」
歴史。
むろんのこと、そんな概念はこの時代、庶民たちにとっては親しみのないものである。
「つまりよ、俺たちは『セルナーダ英雄伝』に記されるかもしれないってことだ!」
それを聞いた途端、どよめきがあたりに走った。
セルナーダ英雄伝とは、いわゆる歴史書や史書の類ではない。
その記述には誤りが多く、また誇張も多い。
さらにいえば架空の人物、伝説の英雄などが登場する。
歴史を下敷きにした庶民のための娯楽物語だ。
識字率の低い時代のため、一般人は吟遊詩人の語るセルナーダ英雄伝で、古代からの偉大な皇帝や諸王、また騎士や魔術師などの活躍を聞かされていた。
もともとが原本がどれかもわからず、さらにいえばさまざまな時代の著者が勝手に書き記しているため、内容の全く異なるものも存在する。
言うなればセルナーダ英雄伝とは、セルナーダの神話、民話、物語、歴史、そういったものをごたまぜにした庶民のための娯楽なのだ。
誰もが、セルナーダの地にすまうものはセルナーダ英雄伝の一節を知っている。
それぞれひいきの勇者や皇帝、あるいは王といったものを心に持っている。
だからこそ、リューンの言葉はいまこの場にいる兵士たちの心を打つものがあった。
「俺についてきたって、得をするとはかぎらねえ! いや、ひょっとするとあっさり無駄死にするかもしれねえ! だが、もしかすると……お前らは歴史に、セルナーダ英雄伝で後世に名を残すような将軍や勇者になれるかもしれねえぞ!」
実際、さきほどのリューンの起こして見せたのは一種の奇蹟である。
必ず、良かれ悪しかれ「嵐王リューン」あるいは「僭称王リューン」の名はセルナーダ英雄伝に書き記されるだろう。
「さらには、俺たちにはちゃんと、お姫様もついてくる! 見ろ!」
リューンはそう言うと、レクセリアを抱き寄せた。
「このお方は、アルヴェイアの王妹殿下だ! 昔じゃあ俺なんて顔を拝むこともないような殿上人だった! だがなあ! 俺たちはいまや正式に、ソラリスの名のもとに夫婦として結ばれている! 俺たちは、嵐の王と女王ってわけだ! 賎しい傭兵あがりに従えねえってんなら、このお姫様を守ってみれば出世できるぞ!」
その場に居合わせた兵士たちは、ある種、異様な興奮のもとにあった。
なにしろさきほどの決闘からウォーザ神の示した落雷の奇蹟、さらにいえばガイナス王の死はあまりにも強烈すぎた。
もはや全員が、なかば冷静な判断力を失っているといっていい。
そして、リューンには凄まじい勢いで真の王者だけが持つような、悽愴な王気とでもいうべき魅力を放っていた。
「嵐王リューン……万歳!」
「嵐の王に……私は忠誠を誓います!」
まるで熱狂にうかされたかのように、何人もの兵士たちがその場で跪き、リューンに忠誠を誓っていた。
(さて……おいおい、どうするんだよ俺……あんなこといっちまったけど、これからなんにも考えてないぞ!)
だが、それでも愉しげに笑えるのがリューンという男なのだった。
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