4  決着のとき

(いままでとまったく違う時代が始まる……そう、やはり、リューンヴァイスこそが伝説の「嵐の王」ということか!)


 だれよりも、リューン自身、そのことを理解しているはずだ。

 そして、それゆえにリューンほどの男でさえ、言うなれば……怯えてしまっている。

 本当に、勝っていいのか?

 本人がどこまで意識しているかは知らないがそんな躊躇が働いているとしか思えない。

 なまじ余裕ができたため、リューンはある意味、醒めた。

 下手に醒めてしまったからこそ、無心の境地ではいられなくなり、王位を意識してしまった。


(危ない)


 レクセリアは必死になって全身の震えをとめようとしたが、おさまらなかった。


(いまが……いまがリューンの最大の窮地ということになる! そのような乱れた心では……)


 その瞬間だった。


「あああああああああああ!」


 アルヴァドスが放った乱暴な一撃を、リューンはわずかによけ損ねた。

 観覧席がどよめくような歓声があがる。

 リューンの左肩のあたりにアルヴァドスの巨大な剣の先端がひっかかり、派手に血しぶきが飛び散った。

 あたりの白い砂がみるみるうちに赤い飛沫に染まっていく。


「さすが、アルヴァドスどの!」


「そうだ……これでよい! これで……」


 ただ先端がかすっただけなら、リューン自身にはさしたる被害はなかったはずだ。

 だが、あのアルヴァドスの巨大な剣による一撃なのである。おそらく、並みの使い手の長剣による斬撃をもろにくらったくらいの衝撃はあるだろう。

 実際、革鎧は破れ、鉄で補強した部品が幾つかあたりに散らばっていた。

 その下の胴着が血にぬれている。さらにいえば、衝撃のあまり、どうも左肩が脱臼してしまったらしい。

 だらんと、不吉にリューンの左腕は下げられていた。

 おそらく、グラワリア貴族のほとんどは勝機はアルヴァドスにあると思ったはずだ。

 が、レクセリアは興奮しながらも、奇妙に醒めた思いでリューンの心理を洞察できた。


(リューンヴァイスは……これで、おそらく逆に冷静さを取り戻した! 王位もなにもかも忘れ……ただ、生き残って相手を殺すことだけを考えている!)


 そうでなければ、誰があんな、凄まじい飢えた猛獣のごときぎらぎらとした瞳の輝きを発するものか。


「潔く……死ね!」


 アルヴァドスの狙いが、ふいにもとの正確さを取り戻した。

 どうやら、目に入った砂が涙でも流したのか外に出たらしい。

 こうなれば、再び状況はアルヴァドス優位、のはずである。

 実際、並みの人間ならこれほどの激烈な戦いに心身ともに消耗しつくすはずだ。

 しかし、リューンはとてつもない力をまだその体に秘めているようだった。

 いや、アルヴァドスに比べれば遙かに小さく見えるとはいえ、リューン自身も滅多にお目に掛かれないような巨躯の持ち主なのである。

 さらにいえば、持久力も相当なものらしい。

 アルヴァドスの剣の嵐の如き斬撃を、左腕を垂らしたままリューンはよけ続けていく。


「ほう……そうか、そうきたかあの男」


 ガイナスが、感に堪えぬような声をあげた。

 すでにレクセリアも、リューンがなにを狙っているのか理解していた。

 「それ」はいま、ちょうどアルヴァドスからいえば死角にあたる位置にある。

 いや、リューンは巧みに剣を誘導することで、わざとその位置を死角に仕立て上げている。


「アルヴァドスどの、その卑怯者に早くとどめを!」


「賎しき傭兵に死を!」


 グラワリア貴族たちの歓声があちこちから聞こえてくる。

 だが、レクセリアにはまったく別の絵図が見えていた。

 そしてこの試合はおそらくセルナーダの歴史に残るだろうことを彼女は正確に認識していた。

 この試合の終わりは、いままでのさまざまな秩序の崩壊を意味することになるだろう。

 そしてそれは、三王国が鼎立する時代の終わりを告げることにもなるだろう。


「ははは! もう、目が見えるぞ! これでおしまいだ! 傭兵!」


 アルヴァドスがそう叫んだ瞬間、剣を思い切り振り下ろした。

 当然のことながら、切っ先が下に落ちれば剣を手元に構えるまでの隙が出来る。

 ましてや相手は、恐ろしく長大な刀身をもつ剣を使っているのだ。

 その隘路をくぐるにも似た隙を、リューンは見逃さなかった。


「おおおおおおおおおお!」


 一気に間合いをつめ、おそるべき俊足でアルヴァドスの腹部にむかって、鎧抜きを突き立てる。

 悲鳴が観覧席から上がったが……アルヴァドスがにやりと笑うのを見たようにレクセリアは思った。

 確かに、鎧抜きはアルヴァドスの腹部に刺さっている。だが、分厚く縮充した羊毛をまとっているうえ、アルヴァドスの体の筋肉そのものが一種の鎧の役目を果たしているのだろう。

 血は一滴も出なかった。


「これで……終わりだ!」


 アルヴァドスが勝ち誇ったような叫び声をあげた。

 格闘になれば、体格的にどう考えてもアルヴァドスが有利となる。

 接近しすぎたリューンは、このままアルヴァドスの圧倒的な膂力によって破壊される。

 少なくともこの場に居合わせた大半のものはそう思ったはずだ。

 だが、リューンは高らかに笑うと叫んだ。


「そうとも、これで終わりだよ、このデカブツが!」


 リューンはそのまま、足を払うようにしてアルヴァドスの足首を蹴りつけた。

 すでに鎧抜きを受けていたことで体の平衡を崩していたアルヴァドスの巨体がよろめき、地上に倒れていく。

 むろん、ただ倒れただけでは状況に変化が起きるわけがない。

 だが、グラワリアの貴族とアルヴァドスは次の瞬間、凄まじい絶叫と悲鳴を放った。

 砂の下の岩の隙間にはさまり闘技場に突き立てられていた、「さきほど折られたリューンの剣の刀身」が……上から落ちてくるアルヴァドスの首筋から後頭部を無惨に貫き、その頭部を破壊したのだ。

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