12  反逆は妄想から始まる

 つまりはそういうことになってしまう。

 弟だから。

 だからすべての面倒ごとはこちらにまわってくる。

 いわば自分たち兄弟は、貴族が一人でこなす仕事を二人でわけてやっているようなものだ。

 華やかな部分はネスファーが担当する。

 地味な、日の当たらぬ仕事はネスヴィールがこなす。

 いつからだろう。

 この関係に、疑問を抱き始めたのは。

 幼い頃からそれなりの帝王教育はうけてきた。

 だが、それはすべて兄を補佐するためのものだった。

 双子とはいえ弟は弟であり、それだけのものにすぎなかった。


(もし、私が兄と入れ替わっても……誰も気づかぬだろうな)


 いや、近しいものはさすがに気づくか。

 だが、それでも……。

 兄がこちらにむけて馬を進めてきたのはそのときだった。


「どうした、ネスヴィール? 浮かない顔して。らしくないな」


 ネスヴィールは普段は兄にあわせて、どこか道化のような「芝居」をすることが多い。

 このときも、内面の疑問をあらわにすることなく明るい口調で言った。


「なんでもないよ。ネスファー。ただ、また戦かと思うと面倒でね」


 他の貴族がいる前でも、二人はいつもこのような口調で会話する。

 騎士たちも、二人の関係は特別なもので別に問題はないとみなしている。

 だが、実際に貴族の象徴たる爵具を持ち、貴族の外套をまとうのはネスファーのほうだ。

 双子とはいえまったく同じ、というわけではない。


「ああ……そうか、お前は戦が苦手だったのか。ならば、ちょうどいい」


 ネスファーは気楽な口調で言った。


「だったら頼まれてくれるかな? どうにも領地を留守にしていると不安だ。お前は残って、ネスを守ってくれないか?」


 なるほど、とネスヴィールは思った。

 それも確かに一つの手だ。

 もし領内でなにかあっても代官に任せる手はあるが、それよりはネス伯の双子の弟である自分がいたほうが領民も安心するだろう。

 そして自分が城で地道な仕事……領地争いの裁判やら、穀物の収穫高の確認やら、王国の徴税官とともなっての徴税やらといった仕事をするわけだ。

 一方、兄は戦場で華やかに戦う。

 あるいは軍功をたててくるかもしれない。

 なにかが、心のなかでかすかに揺れ動いた。

 ネスファーとは双子だ。

 同じ顔を持っているはずなのに、なぜ弟というだけでいつも自分が日陰者にならねばいけないのだろう。

 たとえば、とネスヴィールは思った。

 兄が戦場にいるとき、もし自分が領内で蜂起したらどうなるだろうか。

 つまり自分はセムロス伯側ではなく、エルナス公方についたとしたら?

 軍事力という意味では、ほとんど意味はない。

 なにしろ領内の主要な兵と騎士はあらかたネスファーが持っていくからだ。

 だが、政治的な意味では話はがらりと変わってくる。

 ネスの双子はいつも一心同体。

 だれもがそう思っている。

 太陽が東から上り、西に沈むのと同様にそれはアルヴェイアの常識となっている。

 そのネスの双子の片割れが、エルナス公支持にまわったら?

 特に双子ではなくとも、爵位をつげずに不遇をかこっている貴族の次男、三男は珍しくもない。

 そうしたものたちががら空きになった領地で一斉に立ち上がったら?

 ネスの双子の仲の良さは、ある意味ではアルヴェイア貴族の理想である。

 同じ家門の一族として、ネスの双子のようにありたいと思っているものは少なくないはずだ。

 いうなればそうした象徴である自分が蜂起すれば……いままでのみなが抱いていたある種の幻想が崩れる。

 その瞬間、自分が知らずのうちに恐ろしい手札を手にしているということにネスヴィールは気づいた。

 果たして何人のものが、この「手札」に気づいているだろうか。

 いままで兄と自分は「貴族の家門内の団結の象徴」だった。

 その団結の象徴が、場合によっては「家門内の不和の象徴」となればなにがおきるか。

 くすくすとネスヴィールは笑い始めた。

 そうなれば、きっと面白いことになる。

 もし自分が蜂起すれば、いままで不満をため込んでいた貴族内の反乱分子が一斉に蜂起する、といったこともありうるのではないか。


「なにがおかしいんだ?」


 ネスファーの、陽気な口調に同じく陽気な口調でネスヴィールが言った。


「いや、もし『伯爵閣下』が戦争して行っている間に、僕がこの領地を乗っ取って新しいネス伯を名乗ったらどうなるかなって、ちょっと考えたんだよ」


 ネスファーが口笛を吹いた。


「そりゃすごい! みんな、さぞ驚くだろうな! みんな聞いたか? ネスヴィールは僕に隠れて謀反を起こすつもりらしいぞ」


 それを聞いて、居並ぶネス伯家股肱の騎士たちが、愉しげに笑い声をあげた。

 出陣前に不吉な、などという無粋なことを言うものは一人もいない。

 いや、中には内心、そう思っているものもいるかもしれないが、ここはみなと同じく明るい冗談にしてしまえばいいと思っているのだろう。

 実際、ネスファーには人をそういう気分にさせる力がある。

 それが自分とネスファーの違いなのか。

 いや、そんなことはない。

 能力だけでいえばネスファーに負けてはいない。

 この自分は、ネスヴィールはネス副伯などというあやしげな称号ではなく、真のネス伯となる資格があるのではないか?

 それは、むろん誰もがときおりするような、ごくささやかな妄想だった。

 少なくとも、まだこの時点では。

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