4 ガイナスの思考
そういえば、ガイナス王に関して妙な情報が届いていた。
グラワリア王都グラワリアスに放っていた王立魔術院に属する魔術師の間者が緊急で送ってきたものである。
「ガイナス王のあの噂は、まことであろうか」
建前としては、王立魔術院は王家の直属である。
この情報は、王である自分と魔術院の一部の人間しか知らないはずだ。
だが、娘の傍らにいたディーリンが薄く笑うと言った。
「あの奇態な噂ですかな? ガイナス王が、次代のグラワリア王を決めるために、ゼヒューイナス候とどこぞの傭兵隊長に決闘を行わせ、勝者を新たな王とするという……」
やはり情報が漏れている。
そしてディーリンは、そのことを別に隠すそぶりさえない。
(まったく侮られたものだ)
シュタルティスとしては失笑するしかないのだが。
「ですが、そのようなことをすれば……もし傭兵隊長が勝ったら、傭兵が王となってしまうのではないですか?」
「シャルマニア、そのような愚かなことを陛下の御前で言うものではない」
ディーリンが苦笑した。
「傭兵隊長うんぬんは、おそらくゼヒューイナス候アルヴァドスを次代の王にするための布石。なにしろゼヒューイナス候に流れている黄金の血はごくわずかなもの。一応は王位を継がせることはできるが、王弟スィーラヴァスのほうが王位継承権は遙かに高い。そこで一つ、座を設け、アルヴァドスの武威をしらしめることによって、アルヴァドスもスィーラヴァスに負けぬ、次代の王たるにふさわしい者と民衆に知らしめる必要があるのだろう。もっとも、この話自体、どこまで本当のことやらまだわからぬしな」
「さて……そうだろうか?」
つい、自分の思いを口に出してしまったことにシュタルティスは気づいた。
シャルマニアたちはびっくりした様な顔で、こちらを見つめている。
「い、いや」
シュタルティスは声をうわずらせた。
「あるいは……あのガイナス王のことだ。もし……もし、傭兵隊長が勝てば、その者を王とすることもありうるのではないか?」
途端に、場に失笑が漏れた。
「お戯れを、陛下」
ディーリンが笑いながら言った。
「仮にも三王国の王が『黄金の血』をひかぬ賎しき傭兵ごときに王位を渡すわけがありませぬ」
だが、シュタルティスはまた別のことを考えていた。
(さあ、どうだかな。なにしろ相手は……あの、ガイナスだ!)
シュタルティスのなかで、ガイナス王の人物像というのはかなり鮮明に出来上がっていた。
特にヴォルテミス渓谷での虐殺が、いままで漠然と抱いていた印象を決定的にした。
それは「戦争狂」というものである。
一見、それなりに理屈の通る動きでガイナスは動いているように見える。
しかしそれは上辺だけで、実のところガイナスは利益などどうでもいいのだ。
ガイナス王は「戦をするために戦をしている」にすぎないというのが、シュタルティスの判断だった。
そしてガイナスは、昔からの権威だの常識といったものを気に掛けない部分がある。
そもそもあのヴォルテミス渓谷の虐殺は、あまりにもひどすぎた。
おかげでガイナスは、自らの首を絞めることとなった。
今ではガイナスと結ぼうという諸侯はアルヴェイア国内にも完全にいなくなった。
かつてはフィーオン野の戦いのとき、南部諸侯の一部がガイナス王と通じていたふしがあったが、あの戦以降、もはやガイナスは誰からも信用されていない。
(もうガイナスにとってはそんなことはどうでもいいのだ……おそらく、ガイナスはすべてを破壊することしか考えていない。となれば……グラワリア王の権威を、いや『三王国の王の権威すべてを破壊する』ような真似をしたところでおかしくはない)
その瞬間、シュタルティスの背筋に冷たいものが走った。
もしガイナスが本気で、一介の傭兵に王位を譲るようなことになれば、自分にもとてつもない影響が及ばされることに気づいたのだ。
(馬鹿な……だが、あの男ならやりかねない。しかも病を得ていて先が長くないとなれば……みなは乱心したと思うだろうが、実際に傭兵隊長に王位が譲られれば……)
三王国の人々が漠然と王家に抱いていた幻想が、崩れ去る。
次代のグラワリア王が傭兵あがりだったとすれば、「自分でも王になっていいのではないか」と考える者が出てくるはずだ。
それだけではない。
貴族諸侯もいままでは「王という権威」を利用してきた。
だが、その権威が破壊されれば、もはや王になどこだわることはない……そのように思うのではないだろうか。
「ならぬ!」
シュタルティスは再び、つい声を出してしまった。
「そのようなことは、断じてならぬ! グラワリア王位が一介の傭兵に渡ることなど決してあってはならぬ!」
「陛下」
シャルマニアが愚か者を哀れむような目をむけてきた。
「ご安心下さい。そのような戯れ言を信じてはいけませぬ。グラワリア王位が傭兵の手に渡るなど、そんなことはありようはずもございませぬ」
常識的な人間の最大の過ちは、誰もが自分と同じ常識で動いていると考えることだ。
実際、ディーリンもセヴァスティスも、苦い笑みを浮かべている。
(私は愚か者だ……だが、少なくとも自らが愚か者であることを知っているだけ、ひょっとするとこいつらよりはましかもしれんな)
シュタルティスは、葡萄酒で乾いた喉を潤したが、なかなか体の震えはとまらない。
(確かにいままでの王家の、貴族の常識ではありえぬことだ。だが、相手はあのガイナス王なのだぞ! 理屈だの常識だのが通用する相手ではない! 意味もなく戦を起こし、自らの領する都に火を放ち、ヴォルテミス渓谷では投降した兵士すらも皆殺しにするような男なのだ! そのような者にはまともな常識だのが通じるものかっ!)
シュタルティスは、すでに最悪の事態に対処する方法を練り始めていた。
とにかく、王家は尊貴なものと人々に認めさせる必要がある。
そうしなければ、「王としての自分の利用価値がなくなってしまう」のだから。
だが、それがシュタルティスの限界だった。
シュタルティスは、大局的な情勢を冷静に判断することができる。
とはいえ、彼にできるのは情勢判断までで、自分から新たな策を生み出すことは出来ないのだった。
(なにか……なにか手はないものか……)
現実から逃れるかのように、シュタルティスは再び、葡萄酒の杯に手をつけた。
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