3  シュタルティスの思考 

 アルヴェイア国王シュタルティスはまだ若く、暗愚な王とほとんどの人に思われている。

 それは決して、間違っていない。

 彼は決断力に欠け、臆病であり、兵を率いる能力もない。

 この時代の王に求められる資質としては、生殖能力はきちんとあることが救いといったくらいのものだ。

 王としては無能といっても良いが、決してシュタルティスは愚かなわけではなかった。

 ある意味では、特にさまざまな情報を分析し、未来を予測する能力にかけては、シュタルティスはほとんど魔術的とすらいえる能力を備えているのだ。

 彼にとって現実とは数式で表記可能なものであり、その解を導き出すことは決して難しいことではない。

 まずフィーオン野の戦のときも、彼は自分が仮病を使えば「レクセリアが出陣して勝利を治めること」をある程度、予測していた。

 さらにガイナス王との戦いでレクセリアが敗北し、王国軍がおそらくは壊滅的な被害を被ることさえ予想の範疇にあった。

 では、なぜそれなのに自ら兵を率いなかったのか。

 答えは、やはり臆病であるという点につきる。

 シュタルティスほど自分という人間の限界を冷静に見据え、客観的にみられる人間は珍しいとすらいえるだろう。


(所詮、私は王の器ではない)


 それがシュタルティスが自らに下した結論だった。


(ただ、私が王でなくなれば……確実に、私は消される)


 幼い頃の父王による教育も、あるいはシュタルティスの人格形成に重要な影響を与えているかもしれない。

 とにかく貴族諸侯の力を見極め、誰が頼りになるか、判断すること。

 決して、王として前にでしゃばりすぎぬこと。

 それがシュタルティスの現状認識だった。


(だがそれもいつまでもつことか)


 いまこうしてシャルマニアやセムロス伯ディーリン、あるいはネヴィオン兵を率いてきたセヴァスティスといった者たちと昼食を採りながらも、シュタルティスにはどこか醒めた思いがある。


(いずれ……三王国はみな、滅ぶ)


 シュタルティスはいままで幾度も脳内でセルナーダの地の未来について「検算」を行ったが、結局、行き着く先は同じだ。


(いずれ王家の権威など、誰も気にもとめなくなる。いや、王だけではなく貴族諸侯も、力のないものは滅んでいく。これからは、自らの力……特に軍事力を正しく使ったものだけが生きのびることができるだろう)


 皮肉なことに、グラワリアのガイナス王が理想としていたような新たな時代の到来を、シュタルティスもすでにまったく別の形ではあるが予期していたのだ。

 シュタルティスには軍事的才能はさしてない。

 戦場に出ても彼は役に立たない。

 しかしながら「全体の状況を大局的にみる」という点においては、シュタルティスは一種の天才だった。

 戦術はまったくだめだが、純粋な戦略的思考という意味では、このあたりシュタルティスは王たるものにふさわしい能力を持っていた。

 問題は、本人に現実を変えようとする積極的な意思が欠けていることなのだが。

 いまの彼には、セムロス伯や他の貴族たちのさまざまな駆け引きがひどくはっきりと見える。


(セムロス伯は、ゼルファナスを早々と追いつめすぎた。ゼムナリア信者として訴えられた以上、ゼルファナスはセムロス伯と対立せざるを得ない……)


 セムロス伯は拙速にすぎたというのがシュタルティスの正直な感想である。


(もう少し宮廷工作を行い、諸侯への根回しをすませてからでもゼルファナスをどうにかすることはできたはずだ……いままでセムロスの地でおとなしくしていたディーリンがなぜ、これほど急いでいるのか)


 その答えも、だいたい想像はついている。


(健康だな……ディーリンはおそらく、なにか病を得ている。そして自らの死期が近づいていることに気づいてしまった)


 となれば、ディーリンの「焦り」も説明がつこうというものだ。


(しかしそれほどまでに……娘のシャルマニアを使ってまで私に取り入り、子をなさしめようとしているのは……やはり、ここでセムロス伯家を安泰にしたいということか。セムロス伯家の息子どもはそろいもそろって、私よりも愚物らしいからな)


 シュタルティスが自虐的な笑みを浮かべたのを見とがめたように、シャルマニアが言った。


「まあ、陛下……なにがそんなにおかしいのですか?」


 途端に、シュタルティスの心臓は激しく鼓動した。


「いや……なに、その、セヴァスティス殿の二千五百もの兵があれば、悪逆なる反逆者をたたきつぶすことができる。実に心強いことだと、な」


 このシャルマニアという娘も、シュタルティスがひそかになにを考えているか、気づかぬようだ。

 彼女にとりシュタルティスは愚かな国王であり子種をいただいて「次の国王」の母となればもう用無し、と見ているのだろう。


(見下せばいいのだ。愚か者だと、臆病者だと。実際、私にはたいていのことが見えるが、自分からは何一つできない臆病者なのだからな……皮肉なものだ、私にもう少し勇気があれば、あるいは私は貴族どもに殺されていただろう)


 シュタルティスはこのあたりの事情もすべて冷静に見つめていた。

 いまのアルヴェイア王は飾りでなくてはならない。

 王があまりにも有能すぎれば、貴族諸侯にはかえって邪魔になるだけだ。


(私は凡愚を装っているわけではない……実際、私は王としては無能だ。だが、無能であるからこそこうして生きていられる……)


 ある意味では神々が与えた皮肉な運命というべきだろう。

 建前でいえばアルヴェイアの最高権力者でありながら、シュタルティスはその力を行使することができない。

 ただ、まるで芝居でも見物するように、諸侯たちの生々しい動勢を観察しているだけだ。


(だが、この立場に慣れてしまえばそれはそれで面白いものだ)


 シュタルティスは銀杯から赤葡萄酒を飲み干した。


(そういえばガイナス王も、肝の臓がやられるほどに酒色にふけっていたそうだが……王になると酒量がふえるのかもしれんな。国王など、酔っていなければやっていられぬ)


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