11 戦いの始まり
「はははははははははは」
ガイナスの病身が発したとも思えぬ太い笑い声があたりにこだました。
「リューンヴァイス……貴殿の申しよう、もっともである。では、いざ、勝負を始めるとしよう」
ガイナスの言葉とともに、観覧席の下にいた二人の男が、戦笛を高らかに吹き鳴らした。
同時に、決闘場の隅に控えて松明を手にしていた男が、ゆっくりと白い砂の敷かれたあたりに近づいていく。
「両者とも、決闘場のなかに、足をふみいれるがいい!」
ガイナスは立ち上がると、どこか芝居がかった口調で叫んだ。
「ただし一度、足を踏み入れれば、相手を倒すまで、決して外にでることは出来ぬ。もし、意図的に外に出て逃げたと余が判断した場合……その臆病者は、たちまちのうちに、殺されることになろう」
その言葉に呼応するようにして、決闘場の四方にいた四人の騎士が、矛槍の石突きで下の石をがんとついて鳴らした。
「さあ……次代のグラワリア王にならんとする者どもよ、ともに入場せよ!」
ガイナスの言葉を聞いて、リューンは緊張に唾を飲み込むとゆっくりと歩き始めた。
自らが王位を得るか、あるいは無惨な屍となるか。
その運命が決される運命の場所へ。
(ん……なんだ、こりゃ?)
決闘場に近づくに入れて、奇妙な匂いが鼻をついた。
最初は剣や鎧の手入れに使った油の匂いかとも思ったが、それにしては臭気が強すぎる。
よくよくみれば、決闘場の周囲には、溝のようなものが彫られていた。
昨日、今日つくったといったものではなく、かなり古くからある代物のようだ。
だが、いまはそんなことを考えていても仕方がない。
リューンは溝を越えると、白い砂の撒かれた決闘場のなかに足を踏み入れた。
向かいからは、アルヴァドスもあの異常な大きさと重量を持つ「巨人殺し」とかいう大剣をもって、同じように白い砂に上に立ちはだかる。
松明をもった男が、決闘場を囲っているような溝に松明を近づけた途端だった。
ぐるりと円を描くようにして、赤い炎の壁がたちまちのうちに決闘場を取り巻いた。
「おお……」
貴族諸侯たちが、賛嘆の声をあげる。
実をいえばこの決闘場は、それなりに歴史のあるものだ。
いままで歴代のグラワリア王は、この決闘場を使って闘技を観覧していたという。
だが、ガイナスの代になってから、ここはずっと閲兵場としてしか使われてこなかった。
ガイナスは、見せ物としての剣闘などを嫌ったからだ。
彼にとっては、戦とは生きるか死ぬかを賭けた神聖なものであり、ただどらちが剣の腕が高いかを見せびらかすような剣闘の試合は戦そのものを冒涜するようにも思えたのである。
そのガイナスが、いままで使ってこなかったこの決闘場を次代の王を決めるために使用するというのも、皮肉といえば皮肉な話である。
だが、いま炎の壁に囲まれているリューンにとっては、問題はまた別の点にあった。
(くそ……まだ春先だからあんまり暑苦しい思いはしなくてすむかと思ったのに、まさかこんな仕掛けがあるとはな……)
とはいうものの、リューンは即座にこの状況を自らに有利に考えようとした。
傭兵というものは、周囲のあらゆる環境を利用するものなのだ。
(よし……これは、『あの手』でいけるかもしれねえ……)
だが問題は、それまでアルヴァドスの攻撃を「しのぎきれる」かどうかだ。
「さあ……次代のグラワリア王たらんとする者どもよ!」
ガイナスが大音声で叫んだ。
「いざ……勝負、はじめ!」
再び甲高い戦笛の音が鳴らされた。
ついに、次代のグラワリア王位を賭けた戦いが、始まったのだ。
(落ち着け……落ち着け……)
リューンはそう自分に言い聞かせたが、それでも心臓の鼓動は早くなっていく。
(これは戦だ……いつもの戦場だ……ただ、相手が一人きりの戦だ……)
さすがにリューンは歴戦の傭兵だった。
死線に近づくことに、慣れている。
傭兵にとって死とは古い友達のようなものだ。
ただし、その友達はいつ裏切ってこちらに鋭い刃をもつ鎌を振り下ろしてくるかわからぬのだが。
(さあ……どう仕掛けてくる……アルヴァドス!)
とりあえず、リューンは先方の出方をうかがうことにした。
いきなり奇襲をかけるのも、一つの手ではある。
だが、まだ敵の力量が未知数な場合、拙速は死にそのまま繋がることがあるのだ。
「どうした……賎しき戦の犬、傭兵よ!」
アルヴァドスがゆっくりと鎖帷子を重々しく鳴らしながら歩み寄ってきた。
一見すると無造作すぎる動きにみえるが、実はこの自然な歩き方を相手が剣を構えているときに行うのは、至難の業なのである。
(この野郎……やっぱり、本当に強いみたいだな)
武者震いに全身がぶるっと震える。
「ふん……そちらから来ぬというのなら……こちらから、仕掛けるのみ!」
その刹那、まだだいぶリューンの感覚では距離があるというのに、上段から一気に巨大な剣をアルヴァドスは打ち下ろしてきた。
「!」
とっさにこちらも大剣も構え、その凄まじい一撃を受け止める。
いままで聞いたこともないような金属音が鳴り、昼だというのに刀身が激突した場所から派手に火花が散るのが見えた。
あまりにも重い一撃に、大剣の柄を伝ってとてつもない衝撃が両腕を伝わってくる。
(なんだ……この化け物!)
それはまったく、未知の体験といってよかった。
なにしろ相手はあまりにも長い刀身をもっている。
ということは、それだけ振りかぶり、剣を振り下ろすという動作が大きくなるはずだった。
だが、リューンの鍛え上げられた視力をもってしても、切っ先の落ちてくる速度のすさまじさに、剣の軌道を見切ることができなかった。
これは、リューンにとって衝撃的な出来事といっていい。
さらにいえば、一撃の重みが凄まじい。
いまだに両腕が痛みに悲鳴をあげている。
たぶん細かい筋肉が幾つか切れているだろう、とリューンは冷静に判断した。
たった一撃を受けただけだというのに、このままでは受けにまわっているだけで手が使い物にならなくなるかもしれない。
人間の放った斬撃を受けたというよりは、ものすごい速度で落下する巨岩と激突したような感じだった。
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