10 タキス伯の言葉
貴族諸侯たちは、互いに顔を見合わせた。
彼らのほとんどはアルヴァドスの勝ちを見越しているようだが、万一、リューンが勝てば、なんと一介の傭兵隊長がグラワリア王位に就くという異常事態を迎えることになる。
その点についてなにか言いたいものもいるのだろうが、貴族たちは互いの顔色をうかがい、どうしたものかと迷っているようだ。
「畏れながら申し上げます」
そのとき、一人の男が観覧席から立ち上がった。
鷲のような高い鼻と、猛禽のような鋭い瞳、そして鍛え上げられた抜き身のナイフの刀身のような長身痩躯の男である。
「おお」
「さすがはタキス伯」
「やはりアヴァール殿。ガイナス王に直言できるのは、あとはダルフェイン伯くらいのものですか……」
タキス伯アヴァールは、ガイナスのほうを見て言った。
「グラワリア王家の王位は血統により、継承される……それが、古来よりの定法であったはず。正直に申し上げれば、陛下の今回のなさりようは、とうてい納得がいきませぬ。アルヴァドス殿が勝たれるならまだよい。しかし、もしあのリューンなる傭兵隊長が勝負に勝利した場合……」
アヴァールは一瞬だけ、リューンに鋭い目を向けた。
「私は、傭兵の臣下になるつもりはございませぬ」
動揺があたりに走った。
アヴァールは、この場にいるガイナス派のグラワリア諸侯の心中を、そっくり代弁するものだったからだ。
「アヴァール殿」
諸侯の一人、若くしてずいぶんと頭髪の薄くなった肥満の男が、微笑を浮かべて言った。
「貴殿は、ガイナス王の血と葡萄酒を爵具で呑み、王への忠誠を誓った者。王への忠誠は絶対のもの。我ら諸侯は、あくまでガイナス陛下の代官として、領地を管理している身に過ぎぬ。陛下の仰せとあらば、いかなる命であっても従う……それが、グラワリア貴族ではないですかな?」
再び、ざわざわという声がわき起こった。
「ダルフェイン伯の申しよう、確かにその通りではあるが……」
「しかし、ボルルス殿がこのようなことをおっしゃるとはいささか意外……」
ダルフェイン伯ボルルスは「禿頭伯」の異名をもち、ガイナス派のグラワリア貴族の有力諸侯の一人である。
一見した限り、本人は武人という感じではないが、拠点防御などの指揮にかけてはグラワリアで右に出るものはいないとされる。
また、ガイナスの下でさまざまな謀略を行っているという話もある。
「諸卿よ……我らは、あくまで王左の臣」
なにを考えているのか、相変わらず穏やかな笑みをうかべてボルルスが言った。
「どのような命であれ、一度、国王陛下に忠誠を誓ったものは決してその命に背いてはならぬ……それこそが、臣のあるべき姿ではないですかな」
多くの諸侯たちは、内心、いろいろと拭くところはあるだろうが、アヴァールのようにガイナスに自分の意見を主張することはなかった。
「ダルフェイン伯の申す通り」
ガイナスが、笑った。
「余は、グラワリアの王たる身である。余の言葉は、グラワリアでは絶対である。アヴァール……貴卿の意見はわかった。だが、もし余の命に従えぬとあれば、今この場で貴卿の爵位と領地をとりあげる」
この言葉に、あたりはしんと静まりかえった。
長い沈黙の後、アヴァールが言った。
「私には陛下より賜った領地を経営する責務がございます。どのような命であれ、陛下のご下命に従います」
さすがのアヴァールも、ガイナスが「本気である」と理解したようだ。
だが、観覧席には不穏な空気が漂いつつあった。
もし万一、あのリューンという傭兵が勝負に勝てば、一体、グラワリアはどうなってしまうのか。
そのとき、決闘場の前に立ちつくしたアルヴァドスが、呵々大笑した。
「ははははははははははは! グラワリアの諸卿よ! 貴卿らは、一体なにを案じているのだ!」
アルヴァドスは、観覧席のガイナスに向き直った。
「ガイナス陛下! これが『ただの座興』にすぎぬことは、臣は理解しております! あの賎しき傭兵、なかなかの戦士ではありましょうが、このアルヴァドスの前では子猫も同然! せいぜい、可愛がらせていただきましょう!」
アルヴァドスの言葉に、観覧席の貴族たちがどっと笑った。
彼らは笑うことで、自らの不安を追い払おうとしたのだ。
「確かに、アルヴァドスどのはお強い。傭兵ごときに負けるわけがない」
「言われてみれば……これは座興ですな。そう思ってみれば、あのリューンなる者も、可哀相に……」
だが、そのリューンはといえば、いい加減、いらいらしていた。
「ええい、もう、こっちはさっさと戦いたくてうずうずしてるんだ!」
リューンは凄まじい咆吼を放った。
「さっさと勝負をはじめさせてくれ! 俺は、あのアルヴァドスってでかぶつの脳天を頭蓋でかち割りたくて仕方ないんだからな!」
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