8  哄笑

「少なくとも『戦士』としての能力は、十分にあるようだな。たいていの者は、こうした決闘の場では奇妙に臆したりするものだが……」


「最初は正直、なんだかえらいことになったとは思いましたけどね」


 リューンは正直にそう言うと笑ってみせた。


「ただ『ここも戦場だ』と思ったら、落ち着きましたよ。要するにここは、殺し合いをするための戦場で、いつも通りにやればいい。ただ、賞金がちっとばかりでかいだけだって」


「その賞金だが、な」


 言うまでもなく彼らの言っている「賞金」とは、次代のグラワリア王位のことだ。

 さらにいえば、未来の国王の妻と「すでに形式上結婚している」レクセリア姫をも意味している。


「余は喜んで渡すつもりだが……もし、貴殿が勝利した場合、それを快く思わぬ臣下がでる可能性がある」


 それはリューンにもわかっていることだった。

 なにしろ相手は誇り高いグラワリア貴族たちだ。

 数百年にわたる血統を誇りに持つ者たちなのだ。

 彼らはそもそも、平民や領民など、自分たちと同じ人間とは見なしていない者がほとんどである。

 それが時代の常識でもあった。

 リューンが勝てば、その「時代の常識」が完全にひっくり返ることになる。

 そうなれば貴族たちはなにを考えるか。

 傭兵上がりの賎しい男を神聖なグラワリア王位に就けるなど言語道断。

 それならばいっそ……。


「もし、貴殿が勝てば、その瞬間から紅蓮宮は大混乱に陥るだろう」


 ガイナスは平然とした口ぶりで言った。


「諸侯たちの幾人かは、紅蓮宮の外に兵たちを待機させている……意味は、わかるな?」


「つまり、もし俺が勝っても、貴族たちはそれを認めない……いや、それどころか」


 リューンは顔をあげると、ガイナス王の熱につかれたような青い瞳を真っ正面から見据えた。


「ガイナス王が乱心され、狂死された……というか、『狂死したということにして』自分たちの都合のいいように事を運ぶかもしれないってわけですか」


「さすがに傭兵隊の長だ、察しがいいな」


 ガイナスが凄絶な笑みを浮かべた。


「余の臣下には、余は好まぬが策謀、知謀の類を弄ぶものも多くいる……もしアルヴァドスが勝ち、貴様が死んでもそれなりの波乱はあるだろうが……正直、余にも、もし貴殿が勝ち、グラワリア王位を手にいれたら紅蓮宮がどうなるか、見当もつかぬ」


 あるいはガイナス王は、すでに臣下にいずれ殺されるかもしれないと覚悟を決めているのかもしれなかった。


「そのときは……この者たちを頼め。ランサールの槍乙女たちは、いままで余に仕えていたが、貴殿が新たなグラワリア王となれば、その忠誠は貴殿にむけられることになる」


「しかし、陛下!」


 ランサールの槍乙女の一人、金色の髪をもつまだ若く美しい女が、悲痛な叫び声をあげた。


「我らが……我らが教団が予言により、『嵐の王』と認めたのは、ガイナス陛下! こんな傭兵になど……」


「メルセナ」


 ガイナスが冷静に、ランサールの槍乙女たちを束ねる女性にむかって言った。


「お前もうすうす、気づいているはずだ。確かにランサール教団は予言にある『嵐の王』として余を選んだ。だが、それは間違いであったと」


「そんな……」


 メルセナが、一瞬、激しい怒りをこめた視線をリューンにむけて投げかけてきた。


「こんな……こんな傭兵風情が……」


 だが、彼女の目は、なにか恐ろしいものでも見るかのように、リューンの左右の色の違う瞳に釘付けになっている。


「そうだ。メルセナ。この者は……『ウォーザの目』の持ち主だ。ウォーザの目の持つものがやがて『嵐の王』となる……このセルナーダに住むものであればたいていの者は知ってる俗信ではあるが、いま、この瞬間、この目を持つものが現れたのをただの偶然だとお前は思うのか?」


 メルセナは言葉に詰まっていた。

 そういえば、ランサールは嵐の神ウォーザの娘、だったはずである。

 だからこそ彼女は稲妻などを放つ法力を信者に与える。


「いままで、メルセナ……お前たちは主を間違えていたのだ。俺の見立てが正しければ……この者こそが、真の『嵐の王』だ」


 ガイナスがリューンを見て言った。


「貴殿の噂は、ヴォルテミス渓谷の戦いの頃から集めさせていた。貴殿があのレクセリア姫とも縁があると知ったとき、余はこれこそが『宿命の書』に記されていることなのだと確信した」


 宿命の書は、運命の女神であるファルミーナが綴った書物である。

 その定めを変えることができるのは、彼女の双子の妹、幸運と偶然の女神エルミーナだけだとされている。


「宿命の書……俺は、そういうのがなんか、苦手でね」


 リューンが、苦笑した。


「あらかじめ定められていた運命だか宿命だが知りませんが、俺はどっちかというと傭兵なんでエルミーナ女神のケツをおっかけてるほうが好きなんですよ」


 エルミーナは気まぐれで残酷な運命を人に与えるが、同時に大いなる幸いをもたらすものともされている。


「なるほど……余の思った通りだ。汝こそ、古き因習にとらわれた太陽神の王たちの時代から、新たな嵐の時代……混沌の時代にふさわしい王なのかもしれぬ」


 どうやら、ガイナスは自らをソラリス神の血をひくとされる太陽の王たちの最後の一人、残照のようなものだと見なしているらしい。


「勝て、アルマティアのリューンヴァイス」


 ガイナスが、憑かれたようにリューンの目を凝視しながら言った。


「勝って、貴殿こそが王となり……このグラワリアに、否、全セルナーダに新しく荒々しい、嵐のような戦乱の時代をもたらすのだ……はは、はは、ははははははははは!」


 ガイナスが放つ凄まじい哄笑が、巨大な天幕さえも震わせた。

 

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