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 紅蓮宮はもともとが王宮としての機能より、有事の城塞としての機能を重視したつくりとなっている。

 確かにあちこちに華美な装飾が凝らされた王宮ではあるのだが、実際に外からみればその外観は「城塞」以外の何物でもない。

 その城塞の南側に、高い城壁で囲われた一角があった。

 普段は兵などの閲兵を行ったりするための閲兵場として用いられることが多い。

 だいたい、密集させれば千人ぐらいの人間を収容することが出来る空間だ。

 その閲兵場に、いまはひどくにぎやかな……そして、同時にどこか不安に満ちた空気が満ちていた。

 東と西には、それぞれ大きな臨時の天幕が張られている。

 東の天幕の前には、ゼヒューイナス侯爵家の紋章である巨大な拳を縫い取った紋章が掲げられていた。

 一方の西の天幕には、そうした飾りらしいものはない。

 また、出入りする者たちも明らかに別の種類の人々だった。

 東の天幕には、鎖帷子に陣羽織をまとった騎士らしい者、あるいは高価な礼装を身につけた貴族や王国の高級官僚らしい者たちが頻繁に出入りしている。

 一方、西の天幕を出入りするのは、どこか賎しげななりのくたびれた鎧をまとった、野盗とまではいわぬまでもほとんどごろつきに近い雰囲気を漂わせた荒くれ者ばかりである。

 言うまでもなく東の天幕が、ゼヒューイナス候アルヴァドスが待機する天幕であり、もう一方がリューン率いる傭兵団、雷鳴団の天幕だった。

 とはいえ雷鳴団の団員のなかでも紅蓮宮に入ることを許されたのはごくわずかな、リューンと古くからのつきあいのある者ばかりだ。


「ひゃはははははははははははは」


 天幕のなかで、やせぎすの男が笑った。

 手には、異常なほどに長い槍を手にしている。


「しかし、ひゃははは、リューンの旦那がこの決闘に勝てばグラワリア王だなんて、ひゃははは、俺は夢でも見ているのかねえ」


「ま、まったくだな。アシャスの言うとおりなんだな」


 痩せたアシャスと呼ばれる男のそばにいた太った男がつるりとした無毛の頭をなでながら言った。


「こ、こんなことがおこるなんて……夢でも見ているのかもしれないぞ」


 彼はこれでも歴戦の傭兵であり、雷鳴団の傭兵としてリューンを支えてきた。

 名はクルールという。


「団長が王になるなんて……せ、世界の、終わりも近いんじゃないのか?」


 そう言うと、クルールはむしゃむしゃと干したイマムの実を囓り始めた。


「世界の終わりってえのはさすがに大げさだが……」


 クルールの隣にいた、リューンよりは頭半ばほども背の高い巨漢が、顔の半分を覆う黒い髭をしごきながらつぶやく。


「なんていうか……アリカの赤鼠に騙される、っていうのはこんな気分なのかね」


 アリカの赤鼠とは赤の月にして幻影の女神であるアリカの使いとされる使徒である。

 小さな赤い鼠の姿で、人を騙しては喜ぶという。


「ねえ、団長……どうすんですか? もし団長が勝ったら、俺たちもグラワリアの貴族になれるとか、そんな話ですかい?」


 途端に、アシャスがまた甲高い笑い声を放った。

 アシャスは笑いながらでないとうまく話せないという、奇癖の持ち主なのだ。


「ひゃはははは! 貴族! 傭兵あがりの俺たちが貴族だって? そりゃあ面白い、ひゃはははは」


「ったく……」


 いままで木製の卓に座り、精神集中を行おうとしたリューンだったが、さすがに怒鳴り声をあげた。


「お前ら、うるせえぞ! こっちは、これから命を賭けた決闘やろうとしてるってのに、お前ら、邪魔しにきたのか!」


「そ、そんなことなんいだなあ」


 クルールがもしゃもしゃと干しイマムを次々と食べながら言った。


「団長が死んだら、お、俺たちもどうしていいかわかんなくて、困るんだな。団長に勝ってもらわなくちゃ、困るんだ」


「でもよ……どうするんだよ、旦那が勝ったら、俺たち本当にグラワリアの貴族とかになるのか?」


 ガラスキスは、神妙な顔をして顎髭をしごいている。


「けどなあ……俺がグラワリアの貴族だったら……絶対、そんなのは認めないけどな。いくらガイナス王の言いつけって言ったって……」


 ガラスキスが、声を低める。


「もしガイナス王が死んだら、貴族連中は約束なんて知らんぷりして勝手に王をたてちまうんじゃないか? もちろん……リューンの旦那は、ぽいって消されるわけだ」


 実をいえば、そんなことをリューンもさきほどから時折、考えている。


「可能性としてはありえますな」


 鎖帷子に、二つの輪で両眼を囲むような独特の意匠のまびさしのついた兜の男が、堅苦しい口調で言った。


「なにしろ貴族などに、どこまで戦士の誇りといったものがわかることか……」


 彼はイルディスといい、戦神にして傭兵の守護神たるキリコ神の僧侶である。


「ガイナス王は少なくとも武人ではあります。彼の約束は、信じるに足るでしょう。しかしながら、グラワリアの諸侯たちは……」


 そのときだった。

 槍をもった女たちに囲まれた、赤い礼装姿の男が天幕のなかに入ってきたのは。


「おい、挨拶も無しにいきなり入ってくるなんて……」


 そう言いかけたガラスキスの顔が、ふいに緊張にこわばった。


「挨拶なしで、失礼したな。ただ、余は面倒な儀礼が昔から嫌いでな」


 いま、リューンたちの天幕に入ってきたのは、グラワリア王国第二十四代国王ガイナス一世に間違いなかった。


「ガイナス王……!」


「これは、ガイナス陛下」


 さすがに傍若無人な傭兵たちも、相手が一国の王とあっては平伏せざるを得ない。


「ふむ……」


 ガイナスが、やせこけた顔ににっという笑みを浮かべた。


「どうやら、出陣の支度はすっかり整った……そんなあんばいのようだな」


 椅子に座ったまま彫像のように動かないリューンにむかって、ガイナスが言った。


「しかし相手は、品質の良い鎖帷子をまとっている……リューン、貴殿の装備では、いささか貧弱にすぎるのではないか? 必要とあれば、鎧でも武器でも好きなものを貸与すると言ったはずだが」


 いまのリューンが身につけているのは、特に機動性を重視する傭兵が好んで使う、軟式革に鉄片を要所要所に縫い込んだ代物である。

 確かに鎖帷子に比べれば遙かに貧弱な装備だった。

 だが、リューンは金色の蓬髪を振り乱すようにしてゆっくりと頭を左右に振った。


「いえ……ガイナス陛下。俺には、こっちのほうが性に合ってるんですよ。やっぱり、武器も鎧も使い慣れたものに限る。陛下も武人だ、それぐらいはおわかりでしょう?」


「なるほど」


 ガイナスがうなずいた。


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