4  滅亡の序曲

 その瞬間、どっというどよめきが貴族諸侯の間からあがった。


「余は予言者ではない。だが、愚者でもない。余には見える。すでにいま現在でも、三王家の血統による権威や威信などは、貴族諸侯の都合により使われる道具にすぎぬ。もはや、血統による王位継承など形骸にすぎぬ。レクセリア姫、貴女もとうにそのことは存じているはず」


 その通りだった。

 ガイナスとまったく同じことを、レクセリアも考えていたのだ。

 だからこそ彼女は女ながらに戦場に出て、なんとかアルヴェイア王家の威信を取り戻し、王家による中央集権国家に体制を改めることで王国の生き残りを計ろうとした。


「貴女はいまだ、王家の血統による権威に頼ろうとしているようだが……余に言わせれば、それはまだ甘い」


 ガイナスは再び赤葡萄酒をたたえた金杯から酒をぐっと飲み干した。


「もはや、これからの時代は王家の威信などは通用せぬ!」


「では……」


 レクセリアは思わず言った。


「では、血統ではなければ、なにがこれからの王を決定するというですか?」


「力だ」


 ガイナスの返答は簡潔にして明瞭だった。


「力。力こそがすべてを決める。むろん、余の言う力とは……武だ。武力こそがすべてを決める時代がくる」


 この男は、とレクセリアは思った。

 ある意味でホスに、狂気に憑かれている。

 いや、というよりは戦い、あるいは戦争という行為に憑かれている。


「これから三王国に訪れるのは武の時代……家柄も血筋もなんの意味ももたぬ時代、ただ武威によってのみ他者をひれ伏させることができる……そのような時代だ」


 ガイナスの顔に、ほとんど恍惚とした表情が浮かんでいた。


「あまたの戦が行われ、弱き者は殺される。力だけがすべてを決める、そのような素晴らしい時代が到来する! その時代、王たるにふさわしい者こそは……すなわち、自らがもっとも強きもの!」


 これが男だ、とレクセリアは思った。

 ガイナスというのは男の醜悪で凶暴な面だけを集めて煮詰めたような戦の狂信者だ。

 だが、なぜかガイナスの言葉を聞いて、身内の血がたぎるような感覚がするのは気のせいなのか?


「レクセリア姫……余は残念でならぬ。もし貴女が男であれば……おそらくはアルヴェイアはおそるべき、そして素晴らしき王を頂くことになったであろうに」


 ガイナスの声は、本音で賞賛を含んでいるように思えた。


「しかし……ガイナス王、あなたは私を謀った! 私は……」


「さよう、貴女は……『次代のグラワリア王の妻』となる身」


 グラワリアの火炎王の二つの瞳は、いまや燃えさかる高温の炎そのものだった。


「確かにソラリス神の寺院で、太陽神の御前でソラリスの僧侶のもと、貴女は『次代のグラワリア王』と結婚したのだ」


 ガイナスのやっていることはむちゃくちゃだ。

 だが、形式だけでいえば、レクセリアの知るあらゆる知識を動員しても、ガイナスの行った「結婚式」には正当性があるのである。


「すなわち……明日の王位を賭けた決闘の場で、貴女の花婿は決まることになるな」


 そう言うと、ガイナスは二人の男を交互に見た。


「一人は……ゼヒューイナス候アルヴァドス。少なくとも貴女の気にする血統、家柄という件ではそう不釣り合いというわけでもない」


 ゼヒューイナス候はグラワリア有数の大貴族なのだからガイナスの言うことは正しい。


「そしていま一人は……リューンヴァイスという傭兵隊長!」


 リューン。

 リューンヴァイス。

 またあの男が目の前に現れた、とレクセリアは思った。

 思えば南部諸侯の乱、フィーオン野の戦いのおりに命を助けられて以来、彼とは奇妙な因縁のようなもので結ばれている気がする。

 そもそも彼とレクセリアの瞳は俗に「ウォーザの目」と呼ばれる、右が青、左が灰色というまったく同じ異相なのである。

 このような組み合わせ自体がまれだというのに、それとまったく同じ組み合わせの相手と出会うこと自体、やはりなにか神々の意思でも働いているというのだろうか。

 もし、リューンが勝てば、自分はあの男の妻になる。

 そう考えるだけで、奇妙な高揚感を覚えるのが不思議といえば不思議だった。

 本来であれば身分違いどころの話ではない。

 かたや三王国の王族であり、かたや一介の賎しい傭兵風情だ。

 その二人が結ばれるなど、吟遊詩人の物語のなかでさえありえない。

 だがガイナスの奇怪な、ほとんど妄執ともいえる戦へのこだわりにより、リューンとレクセリアの運命は無理矢理、一つに結ばれようとしている。

 駄目だ、とレクセリアの理性は思う。

 もしリューンが万一、明日の決闘に勝てば、グラワリア国内にはとんでもない動揺が走る。

 なにしろ一滴も黄金の血をひいていない、しかも外国人の傭兵がいきなりグラワリア王になってしまうのだ。

 もしそうなれば、なにが起きるか。

 グラワリア王家の権威は地に墜ちる。

 いや、同時にアルヴェイア王家の権威も消えて無くなる。

 一国の王の王妹が傭兵と結婚しては、王家の体面どころの騒ぎではない。

 かくして王家の王権がその権威を失えば、いままでにもまして貴族諸侯が互いに覇を競い合う……かつてセルナーダの地が経験したこともないような巨大な無秩序が生じることになるだろう。

 たとえばいままでグラワール公、そして王弟、次代の王位継承権者としてスィーラヴァスを担いでいたスィーラヴァス派の諸侯たちも、王位などというものの馬鹿馬鹿しさに気づき始めるかもしれない。

 否、それこそがやはりガイナスの真の狙いなのだ。

 明日、アルヴァドスが決闘に勝てば、かろうじて三王家の体面は保てる。

 だがもしリューンが勝ってしまえば……そのあとにどれほど凄まじい大混乱が生じるのかさえ、もはやレクセリアの頭脳をもってしても予測不可能な巨大な混沌が待ちかまえているだろう。

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