3 火炎王と戦姫
青い右目と、銀色にも見える灰色の左の瞳。
ほとんどつくりものめいた硬質な美貌のなかでも、その左右で色違いの瞳がなんといっても印象的である。
金色のやや白みがかったまっすぐな髪を垂らし、全身はアルヴェイアという国家の色である鮮やかな青のドレスをまとっている。
さらに胸元に縫い取られた青地に金のアルデアの紋章こそは、彼女がアルヴェイア王家に属するものを表すものだった。
かつては「アルヴェイアの戦姫」などと呼ばれたこともある。今年で齢十六になる少女である。
アルヴェイア国内で起きた南部諸侯の反乱を鎮めた彼女はいつしか英雄視され、ついには国境を侵しネルディ地方に侵入してきたガイナスとスィーラヴァスの率いるグラワリア軍と、自らアルヴェイア軍を指揮して戦った。
策謀により一時的にガイナス軍を窮地に追いつめたものの、友軍に出る犠牲者の数に耐えきれず、ついにレクセリアは降伏を申し出た。
以来、その身柄はこのグラワリア王宮、紅蓮宮に虜囚として幽閉されたままである。
とはいえ、もとはといえば同じ血をもつ三王国の王妹なのだ。
ガイナスも、彼女を丁重に賓客として扱った。
だが、いまレクセリアは、ガイナスが死を間近に行った、前代未聞の奇怪な謀略のただ中にいる。
「余が、グラワリア王の権威を破壊するとは……どういうことかな?」
ガイナスが金杯から赤葡萄酒を飲み干すと言った。
「余は、グラワリア王その人である。なぜ自ら、王の権威を破壊せねばならないのだ?」
レクセリアは、ガイナスの熱っぽい目を見据えながら言った。
「畏れながら、ガイナス陛下の御病は篤く、ソラリス神の御許に召される日も近いかと存じます」
途端に、広間に動揺が走った。
白い敷布の敷かれた長い食卓を両側に居並ぶ、グラワリアのガイナス派貴族諸侯が、顔を青ざめさせている。
むろん、ガイナスがもう長くはないであろうことは、誰の目にも明らかである。
だが、公然とそれと口に出すというのは、たとえアルヴェイア王の王妹とはいえ、あまりに無礼がすぎるのではないか。
声にならぬ声が聞こえたような気がしたが、そんなことを気にするレクセリアではなかった。
「陛下がソラリス神の御許に召されれば、次代のグラワリア王は、陛下がお定めになった、奇妙な方法で決定されることになります」
「奇妙?」
ガイナスが、不敵な笑みを見せた。
「奇妙とはどういうことだ? 余は、余の前にいたグラワリア諸侯に、宣言した。このなかで次代の王位に就きたいものがあらば名乗りをあげよ、と。その者たち同士で命を賭けた戦いを行い、生き残った者こそが王となる……王とは、武人、強きものこそが王者となるにふさわしい……それの、どこが妙というのだ?」
「血統」
レクセリアは、一言、びんとはりつめた声で言った。
「血統こそが、三王国の王となる資質のはず。いままで常に、三王国の王は一人の例外もなく、父をたどれば古代セルナディス帝国の皇帝家、さらに遡ればネルサティアの太陽王に連なる『黄金の血』をひいて参りました。血統こそが王位につくための、最低にして絶対の資質。違いますか?」
「それは否定はせん」
ガイナスが、大兎の炙り肉を手を掴むと、肉汁たっぷりの肉を噛みちぎった。
「確かに……いままでは、血統こそが、黄金の血こそが王となる資質であった。だが、そのような時代がもはや終わろうとしていることは、実はこの場にいる誰もが承知しているのではないか?」
その言葉に、座に緊張が走った。
「かつてこのセルナーダの地は、一つの帝国に統一されていたという。しかし三人の皇帝が並んで立ち、ついにそれぞれの皇帝は新たなる国家の王を名のり、帝国は三つに分裂した。言うまでもなく、これこそが、グラワリア、アルヴェイア、そしてネヴィオンの三王国王家の起源ではあるが……」
ガイナスは肉を再び噛みちぎり、咀嚼し、呑み込んだ。
「いまやその三王国のいずれもが、王位をめぐる混乱を迎えている」
「アルヴェイアは違います。我が国は……」
ふっとガイナスが笑った。
「ああ、そうか。失礼、レクセリア姫。貴女はまだ知らなかったのだな……アルヴェイアでは、エルナス公が王妃ミトゥーリアを連れてメディルナスを出て、自領で蜂起した。なんでもエルナス公は死の女神ゼムナリア信者の疑義をかけられたらしい」
途端に、すっとレクセリアの背筋に冷たいものが走った。
そんなことは聞いていない。
まさか、エルナス公がこれほど早く行動を起こすとも思っていなかった。
「なんでもミトゥーリア妃は、すでに男子を懐妊しているとソラリス僧の神託が出ているそうだ。エルナス公は、現在のシュタルティス二世、すなわち貴女の兄は王としてふさわしからぬ悪王ゆえ、ただちに退位せよと迫っているらしい。そして世継ぎの国王には、いまミトゥーリア妃が身ごもっている男子をつけるそうだが……こんなふざけた話をいままで聞いたことがあるか? いまだこの世に生まれてもおらぬ子が王位を要求しているのだ!」
当惑したような空気が、広間に居並ぶ貴族諸侯の間からは感じられた。
彼らもガイナスの話を笑い話にすべきか、あるいは真面目に拝聴すべきなのか判断がつかぬらしい。
「さらにいえば、ネヴィオンの現在の国王アーティウス三世が、『四公家』の飾りにすぎぬことは、三王国に住むものであれば子供でも知っている」
それはまったくの事実だった。
現在のネヴィオンの国家としての実権を握っているのは四つの公爵家であり、国王がいるのは国家の分裂をふせぐための飾りにすぎない。
「そして我がグラワリアはといえば……レクセリア嬢、貴女の仰せの通り、余の命は幾ばくもあるまい。しかしながら……もし、従来通りの王位継承、すなわち血統という意味では、わが愚弟、グラワール公スィーラヴァスが王位を継ぐことになる……」
ガイナスの瞳の奥に、一瞬、憎悪の光が宿った。
「しかしながら、余はそれを許さぬ。貴女の主張する父の血統というのであれば、確かにスィーラヴァスは『黄金の血』をひいている……もっとも、余はそれすらも怪しいものだと考えているが」
やはり、ガイナスは憎い弟に王位を渡したくないがために、あんな異常な王位継承の方法を主張しているのだろうか?
だが、それならむしろ、単純にガイナス派のなかの、遠縁で王家の血をひく大貴族に後継に指名すれば良いだけの話だ。
「三王国は……」
ガイナスが、凄惨な笑みを浮かべた。
「いずれ、滅ぶ!」
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