2  権威の破壊者

 リューンは美味とされる大兎の目玉をナイフでえぐり、口のなかに放り込むとまた笑ってみせた。

 リューンとアルヴァドスの二人の間に、びりびりとした緊張した空気が走る。


「アルマティアのリューンヴァイス……それとゼヒューイナス候、二人とも、落ち着くのだ」


 さきほどまでなにかに憑かれたかのように料理をむさぼっていたガイナスが、食卓から顔をあげた。

 その両眼には、どこか狂気にも似た光が宿っている。

 実際、グラワリア国王の正気を疑っている者は、この場でも少なくない。

 いまから五日前に彼が行った「提案」のおかげで、紅蓮宮は愚か、城下のグラワリアスの都でも大変な騒ぎになっていた。


「ガイナス王はあるいはホスにでも憑かれているのではないか」


 そう噂する者のほうが多いほどだ。

 ホスとは狂気を司る神の名である。

 だが、リューンはガイナスが狂気に陥ったとは考えていない。

 火炎王の二つ名を持つガイナスが行った「提案」にも、ガイナスなりの計算が働いているのだと理解している。


「二人とも……いずれ劣らぬ無双の勇者」


 ガイナスがどこか凄惨な微笑を浮かべて言った。


「なにもいま、この晩餐の場で無益に争うこともあるまい。なにしろ、明日になればいくらでも戦えるのだからな」


 確かにその通りだ。

 そして、負けたほうは死ぬが、勝ち残った者はおそるべき「財産」をガイナスより引き継ぐことになる。


「確かに、陛下の仰せの通り……」


 アルヴァドスが鼻を鳴らした。


「ふん! しかし、自らの立場をわきまえぬ者には、多少の『教育』を施しても良いかと存じますが。なにしろ、この男……『本気でグラワリア国王になるつもりでいる』のですからな」


 その瞬間、また緊張にあたりの空気がはりつめた。


「しかし……ええと、アルヴァドス卿。それはガイナス陛下がお決めになったことでしょう? 陛下は確かにおっ……おっ……」


「おっしゃった、だ、兄貴」


 カグラーンが横で耳打ちした。


「ああ、そう……確かにおっしゃった。命を賭けて互いに戦い、最後に勝ち残った者に次代のグラワリアを譲ると。俺はその話に乗っただけだ」


「愚かな……これだから、傭兵あがりはどうしようもないのだ」


 アルヴァドスが笑った。


「陛下のお言葉の真意をくみ取れぬとはな……確かにガイナス王は仰せになった。決闘を行い、最後に生き残った者にグラワリア王位を継がせると。しかしそれは……当然、その資格を持つもののみが権利を有するということだ」


「つまりは、貴族様じゃなきゃあ決闘に参加する資格はないと?」


 リューンの問いに、アルヴァドスがうなずいた。


「当然であろう! そもそも、陛下はあの賎しい魚売りの娘の子……スィーラヴァスのような者に王位が渡ってはならぬ、賢明にもそのようにお考えになったのだ」


 アルヴァドスは葡萄酒で唇を潤すと話を続けた。


「だが、その御深慮も貴様のような、下賎のものがよけいなことをするせいで面倒なことになった。貴族である私が、傭兵あがりの貴様のようなものと戦うことになったのだ。もっとも、陛下もこれは良き座興、そのように考えておられるようだが」


 すると、ガイナスが低く笑った。


「ゼヒューイナス候……貴殿の申しよう、ある意味では正しく、ある意味では間違っているぞ」


 それを聞いて、アルヴァドスが顔をこわばらせた。


「陛下? それは、一体、どのような……」


「確かに貴殿の申した通り、余はあのスィーラヴァスに王位を継がせるつもりはない」


 ガイナスとグラワール公スィーラヴァスの異母兄弟の争いは五年にわたる内戦となっている。

 昨年は一時的に手を結び、ともにアルヴェイアに侵攻してネルディ地方を荒らしたが、それもたまたま両者の利害が一致したからだ。


「だが、もしそのリューンヴァイスが勝てば……余は、そのものが王となっても良い。そう考えているぞ」


「へ、陛下」


 アルヴァドスの顔に汗が浮かんだ。


「またお戯れを。古来、三王国の王となれるのは、古代セルナディス皇帝、あるいはネルティア太陽王に連なる、ソラリス神の血をひいた『黄金の血』の持ち主でなければ……」


「その『グラワリア王の権威を破壊する』ことで、ガイナス陛下は三王国にさらなる波乱をもたらそうとしている」


 凛然とした、少女の声があたりに響き渡った。


「違いますか? ガイナス陛下?」


 アルヴェイア国王の王妹にして、「次代のグラワリア国王の王妃」であることを約定させられた美しい少女……レクセリアの言葉に、あたりはしんと静まりかえった。

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