14  愚行

「それで、エルナス公がゼムナリア信者の疑義をうけているという、あの馬鹿げた話ですか」


 ネルトゥスはいい加減、うんざりしてきた。

 俺は単純な武人だというのに、どうして貴族というのはこうも陰謀やら政争やらを好むのだろう。

 そうも思いながらも、一応、ネルトゥスは言った。


「あれは、セムロス伯派の流した悪質な噂、そもそもが誣告の類だと、私は思いますよ。確かに、ゼルファナス卿はどこか得体のしれぬところがある。しかし、よりにもよって死の女神ゼムナリアの信者などとは……」


「とにかく、いまではシュタルティス陛下も、セムロス伯の息女にたぶらかされ、すっかりその気になっているとか……」


 エルキア伯の科白に、思わずネルトゥスは眉をひそめた。


「その気とは?」


「ご存じないのですか?」


 エルキア伯ヴァクスは、陰鬱な口調で言った。


「なんでも、エルナス公討伐の軍勢を出すとか……そのような話がまとまりつつあるらしいです」


「馬鹿な!」


 ネルトゥスは舌打ちした。


「また戦というわけですか? それもいまアルヴェイア国内は不安定なままだというのに、さらに内戦を? これでは、我々はグラワリアのことを言えない!」


「ですがそのような具合に話が進んでいるようですからなあ」


 エルキア伯は言った。


「すでに、有力諸侯にエルナス公討伐の檄が届いているとか……しかし、いまのアルヴェイアは王国軍の兵士はヴォルテミス渓谷の敗戦でかなり失われている。諸侯の兵だけで、どこまで王家が威信を保ったまま戦を続けられるのか……」


 王家の威信どころの話ではないな、とネルトゥスは思った。

 これは、ここ何十年が続いてきた悪循環だ。

 特定の諸侯が王家に対して絶大な力をふるい、政事を私物化してしまう。

 今回はそれが、セムロス伯だったというだけの話だ。

 もはや王家など、飾りにすぎないのかもしれない。

 それが時代の流れといえば流れなのかもしれないが、いまも虜囚としてグラワリアの紅蓮宮に捕らえられているレクセリアが、あの美しい姫がこの話を知ったら、どう思うだろうか。

 ふいに、馬車が止まったのはそのときだった。


「ん……なにかあったようですな」


 ネルトゥスも、馬車の窓から外を見やり……そして、息を呑んだ。

 ウェレシスの街の西方に、小さな原野が広がっているのだが、そこに少なくとも千を超える、武装した集団が集まっていたのだ。

 夕暮れの光を浴びて、槍の穂先や鎧の金属で補強された部分がきらきらと茜色に照り返している。

 どう見ても、それは秩序だった動きをもつ軍勢としか見えなかった。

 一千よりは数が多い。

 二千……あるいは、二千五百といったところか。

 そのとき、一騎の騎士が前方からこちらに走り寄ってきた。

 この一団を警護すると騎士の一人だ。


「ネルトゥス閣下」


 騎士が馬上から降りると、面頬をあげた。

 その奥から、一人の凛々しい顔つきの男の顔が現れる。

 ネルトゥスの麾下の騎士でもっとも信頼している、リクスという男だった。


「これは……面倒、というか、容易ならざることになりましたぞ」


 リクスが緊張に面をこわばらせて言った。


「あの軍勢から軍使がやってきたのですが……彼らは、シュタルティス二世陛下、ならびにセムロス伯以下のアルヴェイア諸侯の招請により、アルヴェイア王国内を行軍しているということです」


「だが……一体、どこの軍勢が」


 グラワリア、ということはありえない。

 また、アルヴェイアのどこかの諸侯の軍勢、というのとも違いそうだ。

 となれば消去法により、答えは一つしかありえなかった。

 アルヴェイアでもグラワリアでもなければ、残るはネヴィオンだけである。


「そういえば……セムロス伯家の妻は、ネヴィオンの四公家の一つ、リュクルナス公爵家の出身のはず。となれば、あるいは……」


 エルキア伯の言葉に、リクスがうなずいた。


「エルキア伯閣下のおっしゃ通りです。彼らはリュクルナス公の……つまりは、ネヴィオン王国の軍勢です。彼らの主張では、逆賊ゼルファナスを討つために、シュタルティス陛下の招請をうけて現在、行軍中とのことですが……」


 すっとネルトゥスは全身の血の気がひいていくのを感じた。

 なんということだ。

 国王陛下は、ゼルファナスを、エルナス公を討伐するために、セムロス伯家と近しいネヴィオンのリュクルナス公家の軍勢をわざわざ自国の領内に引き入れたというのか!


「これは……確かに、面倒なことになりましたな」


 ネルトゥスは、半ば呆然としながらそう言った。 

 現在のリュクルナス公は高齢だが、老練な政略家であることで知られている。

 ついにアルヴェイアはネヴィオンという外国の軍勢を、自ら引き入れるような愚行を犯そうとしているのだ。

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