12 挑戦
リューンは沈黙した。
「そうすれば、誰もアルヴァドスが次の王位につくことに関しては文句は言わない……いや、『言えない』だろうな。たとえばタキス伯アヴァールやボルルス卿がなにか言っても、もう後継者たりえない……」
カグラーンの言っていることは、悔しいが正論だった。
つまりこれは一種の茶番で、ゼヒューイナス候アルヴァドスを王位に就けるための馬鹿げた芝居、ということなのかもしれない。
そしてリューンの役割は、見事な噛ませ犬だ。
なるほど、だとすればガイナス王は見事な「政治家」ということになる。
この「演出」で次代の王をアルヴァドスと、印象づけることもできる。
本来であれば正統な王位継承権は弟のスィーラヴァスにあるのだが「血統より実力の時代だ」と民衆に印象づけることもできるだろう。
そもそもアルヴァドスはわずかではあるとはいえ王家の血をひいているし、もともと王国の大貴族である。
常識で考えれば、カグラーンの言っていることが正解にも思える。
だが、リューンはなにか違うものを、あのガイナスという男からかぎ取っていた。
あるいは、基本的にはそうした考えなのかもしれない。
一国の王としては、そういう考えなのかもしれない。
だが、同時にガイナスの心のなかでは、リューンのような賎しい傭兵こそが王になってほしい、そんな思いがあるのではないだろうか。
ガイナスのいままでやってきたことは、要するに破壊である。
そしてガイナスは自らの死を感じとり、王になる者は王家の血統に連なる者でなければならぬという「伝統」あるいは「因習」といったものを、粉みじんに破壊しようとしているのではないか。
(そうだ……間違いねえ)
ほとんど直観で、リューンはガイナスの真意をくみ取っていた。
(あのガイナス王って男……人間として肝心ななにかが、ぶっ壊れている……あいつは、なにかを壊すのが愉しいんだ。いままで常識と思われていたのをたたきつぶすのが愉快でしょうがないんだ。それがあの男の……本性みたいなものだ。だから、ヴォルテミス渓谷では、投降したアルヴェイア兵を皆殺しにするなんて無茶もできた……そしてこれは、いってみりゃああの男の、この世で最後の、なんていうか「破壊」ってえわけだ……)
むろん、こんなことを思いつく時点で、ガイナスという男は正気ではない。
いや、厳密にいえばガイナスはホスに憑かれているわけではない。
ただ、その思考があまりにも異常にすぎるというだけなのだ。
ガイナスからみれば、この狂ったように思える思考こそ彼本来の、きわめて「正常な」ものなのだろう。
「いいじゃねえか」
リューンは、カグラーンに言った。
「噛ませ犬になんて、ならなきゃいい……要するに、そういう話だろう? 俺があのアルヴァドスって奴と戦って、勝てばいい……つまりはそれだけの話じゃねえか」
「そ、それはそうだが……」
ガイナス派のグラワリア貴族たちが居並ぶなか、リューンはゼヒューイナス候アルヴァドスにむかってゆっくりと歩み寄っていった。
かつん、かつん、という靴音が大広間にこだまする。
「な、なんだ、あの男……」
「なにをする気だ……あの、リューンとかいう傭兵隊長は……」
玉座の上からは、ガイナスが愉快げにリューンの動勢を見つめていた。
リューンは凄まじい体躯を持つアルヴァドスの前に立ちつくした。
こうして眼前にくると、あらためてその巨人ぶりに驚かされる。
相手はなにしろ自分より頭一つ近く背の高い男なのだ。
しかも全身は、どっしりとした重厚な筋肉に鎧のように包まれている。
いかつい岩でできたようなアルヴァドスの顔を下から見上げながら、リューンは言った。
「あんたが……アルヴァドス卿に間違いないな?」
「いかにも」
アルヴァドスが、ゆっくりとうなずいた。
「私がゼヒューイナス候アルヴァドスだ。そして、貴殿はリューンどのか」
「そうだ。俺はリューン……雷鳴団団長の、リューンヴァイスってもんだ」
リューンはにっと笑った。
ふと、アルヴァドスが眉をひそめる。
「それにしても、貴殿の目は変わっているな。右目が青で左目が銀……おお、なるほど、貴殿のその目が『ウォーザの目』という奴か。いずれ、『嵐の王』になるとかいう予言のある……」
アルヴァドスは笑った。
「なるほど。それで、自らも王になれるとふんだわけか? だがあいにくと、貴殿が王になることは、決してない……私が、勝負には必ず勝つ」
「さて、そいつはどうかな」
リューンが悽愴な笑みを浮かべた。
「アルヴァドスの旦那。確かにあんたは大した体の持ち主だ。それにお偉い貴族なんだろう。だが、俺にあって、あんたには欠けているものがある……それは、なんだと思う?」
リューンは、殺気をみなぎらせて言った。
「それはな……実戦経験、実際に自分の腕で剣を振るって、相手を殺した数の差だ。俺はいままで、いろんな戦場で先駆けで敵兵を切り倒してきた。アルヴェイア人もいた。ネヴィオン人もいた。グラワリア人もいた。でも、死体になればみんな同じだ。俺はそんな修羅場、最前線のなかの最前線をくぐりぬけて、こうして生きのびてきたんだ。それに比べ、あんたは大した『将軍』ではあるかもしれない。でも……『兵士』としては、あるいは……『戦士』としてはどうかな?」
「なるほど」
アルヴァドスは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「私がいつも後方で戦の指揮をしているから腕がなまっている……とでも言いたいのか? 確かに貴殿は、戦場での経験は積んでいるかもしれない。だが……」
アルヴァドスは、ふいに甲高い笑い声をあげた。
「所詮は、傭兵ということよ! その貴殿の思い上がりをこの私が正してやろう! 良いか、リューンどの! 王位に就けるのは、尊き黄金の血をひく者のみ! 私には、その黄金の血が流れている! ソラリス神が、私を加護してくださるだろう! 貴殿は……犬のような死を迎えることになるだろう!」
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