11  常識知らず

 どおっというどよめきが、広間にとどろき渡った。

 リューンの発言は、それほどの衝撃力のあるものだったのである。

 だが、無理もない。

 なにしろ人々にとって、王とは当然、王家の血統に連なる者がなるべきものだったのだ。

 にもかかわらず、賎しい傭兵上がりのリューンが、自分が「王になる」と宣言したのである。

 文字通り、天地がひっくり返ったような騒ぎになった。


「な……なんだ、あのしれものは!」


「賎しき傭兵の分際で……王位を請求するだと!」


「信じられん……奴には、常識というものがないのか?」


「しかもあやつは、アルヴェイア人傭兵ではありませんか! アルヴェイア人がグラワリアの王になど、ありえぬ!」


 そうした人々の混乱する声を、リューンは笑いながら聞いていた。


(へっ……グラワリアの貴族っていっても、大したことはねえなあ)


 リューンからすれば、これは文字通り、いままでの野望を叶える絶好の機会というものだった。

 もともとリューンは、王位を求めていたのである。

 一介の傭兵が王になるなど、時代の常識からして考えられない。

 まず、ありえない。

 だが、そんな常識などリューンの前には通用しなかった。

 リューンが信じるのはただ自らの才覚と力のみである。

 奇しくも、グラワリアの火炎王ガイナスは、リューンと全く同じ思考の持ち主だった、ということになる。


(こんな好機……絶対に、二度とまわってこねえ!)


 そもそもリューンからすれば、これは好機というより一種の奇跡である。

 並の者であれば、あまりのことに我を失い、王に進んで立候補するなどとてもできぬだろう。

 事実、周囲にいる傭兵隊長たちは、呆然とした様子でリューンを見つめていた。

 むろん、彼らもそれなりの野心家たちではあるのだろう。

 だが、さすがのその野望は、例の紅の刃のヴァラティのように名誉騎士になるか、最高でも爵位を賜るか程度である。

 まさか、三王国の一つの王になろうとする者など、リューンをのぞいているはずもなかった。

 だが、リューンは昔から、自分がいつか、必ず王になるということをそれこそ疑いもせずにこの歳まで戦場で戦ってきたのだ。

 ガイナス王がせっかくくれたこの好機を、逃すわけもない。


(やっぱり俺の目は……王者の証ってわけか。この『ウォーザの目』を持つ者が、嵐の王になるっていう伝承通り……)


 ガイナスが、にっという獰猛な獅子の如き笑みを浮かべた。


「そのほうが、リューンか。マシュケル包囲戦での活躍ぶりは、余も聞いている」


「ええと……ガイナス王!」


 リューンは無邪気な子供みたいな口調で叫んだ。


「本当に間違いないんでしょうね? 戦いで勝ったら、俺を王様にしてくれるって話は」


 その問いに、ガイナス王がうなずいた。


「むろんだ……余の言葉、王の言葉に二言はない。ただしそれは、お前が他の者を、倒せればの話だ」


 途端に、あたりから悲鳴とも、怒鳴り声ともつかぬ声が澎湃とわき起こった。


「陛下!」


「お、お待ちください! 貴族から王を選ぶのならともかく……あのような生まれ、素性もわからぬ者をいきなり王にするなど!」


「馬鹿げております! こんなことが許されるわけがない! このような無法は……」


 その瞬間、ガイナス王は病身とも思えぬ凄まじい一喝を放った。


「黙れ! これは王命である! 余の命令が聞けぬというのか!」


 だが、さすがのガイナスの獅子吼も、今回ばかりは通じなかった。

 やはり傭兵でも王になれる、というむちゃくちゃな理屈はすでに貴族の位を持つ諸侯たちにとって、許せるものではなかったのだ。

 いくらガイナスの命令とはいえ、そんなことを受け入れてしまえば、彼らは自らが生まれた時から……否、数百年にもわたって続けられてきた身分制度を否定されることになってしまうのである。


「まあ……待たれよ」


 ふいに、例の禿頭伯ボルルスが、脂肪のついた頬を震わせるようにして言った。


「みなさんはなにか、勘違いをしてはおられませんか? 陛下はなにも、あのリューンという者を次代のグラワリア王とすると決めたわけではありませぬ。あくまでも、戦いの勝者こそが、グラワリア王たる資格がある……そうおっしゃっていたはず。つまり、アルヴァドス殿が勝たれれば、なんの問題もないわけです」


「まあ、それは確かに」


「ボルルス殿のおっしゃる通りではありますが……」


 途端に、グラワリアの貴族諸侯や騎士たちの鋭い視線がリューンにむけて突き刺さった。


「兄者」


 カグラーンが、顔をしかめた。


「馬鹿だな……兄者は、案外、あの狡猾なガイナスにのせられただけかもしれないぞ?」


「どういうことだ?」


 リューンの問いに、カグラーンが言った。


「どうもこうもない! ガイナス王は、最初からアルヴァドス卿が勝負に勝つと考えているんだ。なにしろあの図体だし、戦士としてもアルヴァドス卿は有能らしいからな。兄者だって、あの大男に本当に勝てるか、自信はあるのか?」


 途端にリューンは顔をしかめた。


「そ、そりゃ、絶対に勝てるって限らないが……いままでだってなんとかなってきたんだ。こんな、天が与えたような機会は……」


「違う」


 カグラーンは、目をすっと細めた。


「俺の考えじゃあ、ガイナス王はやはり後継者を最初からアルヴァドスに決めていたんだ。だが、このなかで一番、強い者が王になるとか宣言した以上、やはり実際に戦う相手……つまり、対立する王の候補がいなきゃ話はおさまらない」


 言われてみれば、カグラーンの言う通りのような気もする。


「だから、兄者の立候補は、ガイナス王にとっても渡りに船だったんだよ。いや、ひょっとしたらガイナス王は最初から、兄者がいつか王になるって言っていることもどこかで聞きつけていたかもしれない。だからこそ、こんな餌をまいたんだ。兄者の役割は……」


 カグラーンが顔をひきつらせた。


「次代のグルディア王であるアルヴァドスと正々堂々と戦い、そして負けて殺されることだ……」


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