8  新王選出

(しかし……王女様も、またなんだってあんな顔をしているんだ?)


 まるで死刑宣告でも受けたように、その小さな、美しい顔がこわばっている。

 レクセリアの身に、なにが起きたというのだろうか?

 ガイナスが玉座から火炎の間に集った諸侯を見渡すと言った。


「いま、ここに集った勇士は……みな、我が戦のために、グラワリアのために戦ってくれた者ばかりである」


 ガイナスは重々しい声で、演説らしいものを始めた。


「なかには貴族の位を持つ大諸侯もいる。また、身分は低くとも奮戦した傭兵隊長たちもいる……」


 ちらり、とガイナスがこちらを一瞬、見たような気がしたのはあるいは気のせいだろうか?


「みな、余のために、またグラワリアのために、よく働いてくれた。ここにいるのはまさに一騎当千の強者ばかりである。余は、汝らの勇猛さを愛するものだ」


 ガイナスが、小さく咳払いをした。


「貴卿らの働きにより、我らはグラワール公を僭称するスィーラヴァスを、撃退せしめようとしている。だが……あいにくと、運命の二女神は……神々は、余にそれを許さなかった」


 ざわざわと、ガイナス派貴族たちの間でざわめきがおきた。


「見ての通り、余は病を得た。あいにくと、余の存命中、スィーラヴァスを完全にグラワリアより放逐するわけにはいくまい。余は志半ばにして、死ぬこととなるだろう」


 ふいに、ガイナスの青い瞳のなかで炎が燃えさかったようにも見えた。


「しかし、余には子はおらぬ。とはいえ、世の弟を僭称するあの魚売りのせがれが、スィーラヴァスがグラワリア王位を継ぐことはまかりならぬ。そこで余は……」


 ガイナスは小さな咳をすると、一同を見つめた。


「余は、いまここにいる者のなかより、次代の、すなわち第二十五代のグラワリア王を選ぶことにした」


 その瞬間、あたりにしんという静寂が落ちた。

 ただ、暖炉で薪の燃える音だけが異界の音楽のように聞こえてくる。

 だが、やがてその静寂はやぶれ、たちまちのうちにあたりは凄まじいどよめきに包まれた。


「静粛に」


 ガイナスが、いたずらを愉しむ子供のような顔つきで言った。


「ただし、次代のグラワリア国王となる者には、唯一、条件がある。それは……余の定めた者を妻とすることだ。その妻となるべきおかたこそ……余の隣にいるアルヴェイア王妹殿下……否、いまや『第二十五代グラワリア国王の王妃』であるレクセリア姫だ」


 再度、どよめきが火炎の間を聾した。


「さきほど、すでに余は代理人として結婚式に出席し、次代の国王の結婚式はすませてある。ゆえに、次代のグラワリア王となった者は、おのずとレクセリア姫を妻とすることになる」


 さすがのリューンも、驚きの連続に言葉もなかった。

 なんだ、これは?

 仮にも三王国の一つ、グラワリアの王が、こんなことで選ばれていいというのか?

 そしてその妻がレクセリア姫だと?

 常軌を逸している、どころの話ではない。

 こんなのは、むちゃくちゃだ。


「まさか陛下は……」


「ご乱心か……あるいは、ホスにでも憑かれて……」


 そんな、かすかではあるが困惑したような声を、リューンは一同のなかから確かに聞き取った。

 ちなみにホスとは狂気を司る神であり、ホスに憑かれたものは正気を失うという。

 だが、ガイナスの提案は、まさにホスに憑かれたとしか思えないようなものだった。


「まずいな、兄者」


 カグラーンが言った。


「ひょっとすると……ガイナス陛下は、肝の臓の毒がおつむりまでまわってるのかもしれない。肝の臓の病で錯乱する者がいるという話を、聞いたことがある」


 だが、ガイナス王は不気味なほどに平静さを保っていた。


(いや……あのガイナス王ってのは、決してホスに憑かれているわけでも、乱心したわけでもない)


 リューンは即座に、ガイナス王の心情を見抜いていた。


(なるほど……要するに、そこまでスィーラヴァスを憎んでいるわけか……)


 もともとリューンは宮廷政治などに詳しいわけではむろん、ない。

 だが、いま一番ガイナスの発言で心を動かされているのがだれかくらいは、わかった。

 タキス伯アヴァール。

 ダルフェイン伯ボルルス。

 そしてゼヒューイナス候アルヴァドス。

 例のグラワリアを代表するような大諸侯たちは「自分こそがあるいはガイナス王の後継者、王として選ばれるのではないか」と思っているだろう。

 実際、三人の顔には微妙な表情が浮かんでいた。

 リューンの勘働きは、決して間違っていなかったのである。


「さて……そこで、次代の王を決める方法だが」


 ガイナスは、ほとんど嗜虐的とすらいえる笑みを浮かべて言った。


「余がなにより力を尊ぶのは、貴卿らもご存じの通りだと思う……そこで、余は次のような提案をする」


 死を間近に控えたグラワリア王は、笑いながら言った。


「この火炎の間にいる者たちの間で、まず、次代のグラワリア王になりたいものは、立候補してもらう。そして、その者たちの間で、互いに戦い、雌雄を決するのだ」


 ガイナスの青い瞳が、ぎらぎらと輝いていた。


「戦いにはどんな武器を使っても構わん、鎧をまとってもかまわん。ただし……戦いは、己の力のみで行わねばならん。代理戦士をたてることも許されぬ。王となりたくば……自らの力のみで敵対する者を皆殺しにし、その屍の上で、我が指から玉爾の指輪を、王者たる証を受け取るがいい。余はそのものに、レクセリア姫を妻として与える。そのあとは、すなわち余の死後は、みな好きにするがいい。お互い戦うも勝手、スィーラヴァスに下りたくばそれも勝手。また余になりかわりグラワリアを再統一するもよかろう。とにかく、自らの力で王位を勝ち取るのだ。それこそが、火炎王ガイナスにふさわしい後継者である」

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