4  赤い刃のヴァラティ

 戦場では軍神キリコのように強く、長身で、美男であり、頭もきれ……要するに男、というよりは一匹の雄としてリューンは破格の資質をもっている。

 生まれついてのそんな男にとっては、どうしても他の人物が、自分よりもなにかちっぽけな相手に見えてしまうのだ。

 ある意味では、それは奢りといえるかもしれない。

 だが、リューンからすれば事実なのである。

 なるほど、面白い奴はいる。

 美男だったり、腕っぷしが強かったり、剣の腕ではとうていかなわぬだろう、という相手にも出会ってきた。

 だが、自分と引き比べると、どうにもみんな人間として全体が、小さい。

 いままでリューンがその小ささを感じなかった……妙な話だが、対等かそれ以上かもしれない、という「なにか」を感じたのは、アルヴェイアの戦姫とも呼ばれたレクセリアと、エルナス公ゼルファナスの二人だけである。

 なにしろ二人とも王位継承権者である。

 最初はそんなことで大きく見えてしまったのかとも思ったが、やはりそうではないと最近は思い始めている。

 最初からしてすでに生まれ育ちも含めて「役者」が違うのだ、としかいいようがない。


「しっかし……ガイナス王の野郎、いつまで俺を待たせるつもりだ? だいたい火炎の間っていったって、ちょっと暑すぎだろう」


 それを聞いて、カグラーンが顔色を変えた。


「馬鹿! 兄者!」


 カグラーンは背伸びをすると兄の耳を指でぐいと引っ張った。


「いてて! なにしやがる!」


「兄者は馬鹿か! ここは……」


 カグラーンが、声を低めた。


「仮にも、ガイナス王の宮廷なんだぞ? ガイナス王の『野郎』はないだろ。まったく、なにを考えて……」


 そのときだった。

 一人の男が、ついとリューンの傍らに歩み寄ってきたのは。


「これはこれは」


 その声を聞いた瞬間、いけすかねえ奴だな、とリューンは直観した。

 戦場で鍛えられた勘働きは、この声の主は自分に対してどうやら悪意を抱いているようだ、と告げている。


「貴殿はもしかして、雷鳴団の団長、アルヴェイアのリューン殿ではありませんか?」


 見ると、一見、優男風の美男がこちらをじっと見つめていた。

 だが、その顔には右目の上から鼻を通り、左唇の上あたりにまでかけて派手な傷が走っている。

 もともとの顔立ち自体は整っていたのだろうが、いまでは顔全体が、その傷のせいで微妙に歪んでいるようにも見えた。


「俺がそのリューンだが、なにか?」


 リューンはぶっきらぼうな口調でそう言った。


「私は、『真紅の刃』のヴァラティ……といえばおわかりかな?」


 ヴァラティ。真紅の刃。

 聞いたことのある名だった。

 それも高名というより、「悪名高い」という意味で。


「ああ……聞いたことがあるよ。真紅の刃のヴァラティ……あんは部下を率いて、どっかの街の女子供を、皆殺しにしたってんだろ」


「そのような命令でしたからな」


 ヴァラティが肩をすくめた。


「私は傭兵ではあるが、金を払う以上、仕事はきっちりとこなすのですよ。もっとも今では、ガイナス王から名誉騎士の称号を授かっているので私も王に忠節を誓う騎士というところですが」


 みれば、確かにヴァラティの……リューンの基準からすれば……派手で悪趣味な礼装の左胸のあたりに、グラワリア名誉騎士であることを示す銅製の薔薇の記章がついている。


「なるほど、いまじゃ騎士様ってわけかい」


 リューンが笑った。


「でも、もとはといえば、あんただって俺と同じ傭兵あがりだろう? そんな、名誉騎士なんかになってどうするってんだ?」


「いつまでも傭兵稼業を続けるのも考え物でしてな」


 ヴァラティが、どこかこちらを嘲笑するような笑みを浮かべた。


「いつまでもきったはったをやっていては、命がもたない……傭兵なんてのは、言うなれば雇い主からすれば捨て駒のようなものです。あなたもそれで、いままでいろいろと辛い目にあってきたのではないですか?」


「だってお前、そりゃそうだろう」


 リューンは呆れて言った。


「『だからこそ』俺たちゃ傭兵なんだぜ。捨て駒として扱われて、そのなかでいかに戦って金をぶんどるか……そこが、おもしれえんじゃねえか」


「ははあ」


 ヴァラティがいやな笑みを浮かべた。


「なるほど……リューンどのは『そういう手で』いくわけですか」


「は?」


 リューンはぽかんと口を開けた。


「そういう手ってというと」


「なに……あまりにも、こう、『ガイナス陛下の好みにあいすぎる』と思いましてね」


 ヴァラティが咳払いをした。


「ガイナス陛下の『好み』をあらかじめ調べ……その役を演じてみせる。いやはや、リューンどの……噂にたがわず、あるいは噂以上のおかたのようだ」


「どういう意味だ? 好みだの役だのって」


 リューンはしだいしだいに不快なものが胸の奥で澱のようにたまっていくのを感じていた。

 このヴァラティという男は、なんだかひどく、いやな野郎のように思える。


「言った通りですよ。ガイナス王は、リューンどのが『演じておられる』ような人物を好む。戦が好きでたまらず、無邪気で、他の市さえすれば戦に勝てようが負けようがどうでもいい……なるほど、よく研究されましたなあ」


 こいつは馬鹿だな、とリューンは思った。

 昔から、リューンはいまヴァラティが言ったような人物そのものだったし、ひょっとすると生涯、それは変わらないだろう。


「するてえっとなにか? 俺が、演技……演技で、そういう役を演じてるってあんたはいいたいのか?」


「違うのですか?」


 ヴァラティが顔全体をゆがめるような、なんともいやな笑みを浮かべた。


「実際、そんな……『戦馬鹿』みたいな奴がいるわけないじゃないですか。あなたはすべて計算づくで、そうやっている。違いますかねえ?」


「なるほど……」


 胸の奥の不快感は、一気に怒りへと変化した。

 なんだって、こんな奴にからまれて、演技をしているだのなんだのと言われなくちゃならないのだ。


「お前の言いたいことはよくわかった……じゃあ、こいつも『演技』ってことで、一つよろしくな」


 そう言うと、リューンは渾身の力を込めて、ヴァラルの頬を固い拳で殴りつけた。

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