3 グラワリアの貴顕たち
グラワリア王城、紅蓮宮には「火炎の間」と呼ばれる有名な広間がある。
その名の示すように燃えさかる炎を主題とした、広壮な広間だった。
床には赤い渦を巻く大理石が惜しみもなく使われ、黄金や深い赤みを持つ銅、さらには紅玉や火炎石といった貴石までもが装飾として用いられている。
花崗岩を彫り込んだ柱の一つ一つが、銅や赤い宝玉がちりばめられた炎の柱になっている。
さらには、三方を囲うようにしてとりつけられた、三基もの大型の暖炉では、薪が激しく燃えさかっていた。
ゆうに数百人を一度に収容できるほどの巨大な空間に、さほど人がいるわけでもないのに暖炉の放つ熱気が立ちこめている。
「なんだこりゃ……『炎の間』っていうよりは、なんていうか……そのまま暖炉のなかに飛び込んだみたいだな」
リューンが苦笑をするとそう言った。
その衣装は、さきほど紅蓮宮に足を踏み入れたときのような、いかにも薄汚れた傭兵然としたものではない。
いまのリューンは、口元に下卑た笑みさえはりついていなければ、それなりの騎士……否、諸侯の若様の一人にも見えなくはないような、豪奢な衣服をまとっていた。
赤を基調としたのはいかにもグラワリア風であり、そこに黒や金といった色彩が配置されている。
隣にいるカグラーンもやはり似たような衣装、宮廷での礼装をまとっていたが、残念ながらこちらは兄ほどには似合っていなかった。
なにしろカグラーンは小男なので、服がぶかぶかになって見えるのだ。
「しかし……すごいな、兄貴……いま、この『火炎の間』に集まっているのは、グラワリアのガイナス派諸侯の主立った連中ばっかりだぞ? 言ってみりゃあ、ガイナス派の将軍級の面子だらけだ」
「はん?」
リューンが肩をすくめた。
「それがどうした。俺としちゃあ、そんなことはどうでもいい」
「兄者はいいな」
さすがに緊張した面持ちで、カグラーンが言った。
「俺なんざ、相手がだれだかわかっているぶん……なんていうか、緊張しちまう。たとえば、見ろ」
カグラーンは兄に耳打ちした。
「あそこにいるのはタキス伯アヴァール……先年のヴォルテミス渓谷の戦いにも参陣した、グラワリアでも有数の武将だ。『タキスの黒い鷹』なんて呼ばれてる」
タキスはもともと鷹狩りに使う鷹の飼育で高名であり、タキス伯家の紋章にも黒い鷹は用いられていた。
鋭角的な体つきをした、すらりとした長身の男である。
鼻は見事なかぎ鼻で、グラワリア貴族がよくするように、口の下にはひげをたくわえていた。
高い秀でた額に、後ろに香油をつけてなでつけた真っ暗な炭のような髪、そして赤銅色の肌の持ち主である。
特にその瞳の炯々たる輝きは、なるほどタキスの黒い鷹、などと呼ばれるだけのことはあった。
一目見て、リューンにもただの武人ではない、とわかるほどの精気を放っている。
「で……タキス伯の横にいる男は、ダルフェイン伯ボルルス。禿頭伯とか、肥満伯とか呼ばれてる」
なるほど確かに見事な禿頭と、でっぷりと太った体の持ち主だった。
年の頃は、頭があまりにも綺麗に禿げ上がっているせいでわかりづらいが、四十代初めといったところだろうか。
だが、そのわりには顔は童顔というか、ひどく若々しい。
「なんていうか……とっちゃん坊やだな。ダルフェイン伯は武将としても大したもんだった聞いていたが……」
「ああ、大したもんだよ。特に拠点防御……籠城なんてやらせたらあの人の右に出る者はグラワリアには、否、セルナーダにはいないって言われてるくらいだ」
「はあ……とてもそうは見えないがな」
「ついでにいうと」
カグラーンはにやりと笑って言った。
「とっちゃん坊やってのは間違いだ。確か、ボルルス卿は今年で二十五になるはずだしな」
リューンはさすがに唖然とした。
「あれで二十五かよ! 俺とだいたい同じくらいじゃないか」
リューンの声を聞きつけたのか、ダルフェイン伯はにこりとリューンにほほえみかけてきた。
力ない笑みでリューンは応えた。
「まったく……さすがにグラワリア王宮も、えらいのがそろってるな。ていうか……」
リューンは、火炎の間の片隅で、侍女から酒杯を受け取っている巨漢をちらりと見つめるた。
「さっきからずっと気になっていたんだが……ありゃあ、一体、誰だ? ていうか……ありゃあそもそも『人間』なのか?」
リューンがそういうのも無理はなかった。
なにしろ件の巨漢は、軽く身長が七エフテ(約二・一メートル)を越えていたのである。
ここまでくるともう、人間離れしているというより、伝説の巨人族かなにかとしか思えない。
リューン自身、並はずれた大男ではあるが、自分よりさらに頭一つ近く大きい相手を見るのは初めてだ。
「あのおかたが、高名なゼヒューイナスの巨人候アルヴァドス卿だよ」
アルヴァドスは四角い、厳つい顔をした巨人だった。
黒い濃い眉毛に、黒い瞳の持ち主である。
さらにその体は見事な筋肉でよろわれており、さしものリューンも、もしとっくみあいになったら勝てるかどうか、自信がなかった。
体の巨大さは、それ自体が恐るべき戦闘力となりうるのだ。
「ゼヒューイナス候の故郷のゼヒューイナスの都は、昔から大男や大女が生まれやすい土地でな。その血をアルヴァドス卿も受け継いでいるってわけだ。ただ、あの御仁もただ大男ってわけじゃないぞ? この内戦じゃ、かなり戦果を収めている」
タキス伯アヴァール。
ダルフェイン伯ボルルス。
ゼヒューイナス候アルヴァドス。
他にもガイナス派の諸侯を何人もカグラーンに「解説」してもらったが、やはり初めの三人がひどく印象に残った。
他の連中は、あるいは政略に長けていたり、良い統治者であったりするのかもしれないが、少なくともリューンの目には、金のかかった衣装を着ているだけの「凡人」にしか思えなかったのである。
この場にいる傭兵隊長は、リューン以外にも古参の連中が何人かいたが、正直にいってリューンはさほど気をひかれなかった。
あの三人の印象が強烈すぎるのもあるのだろうが、ガイナス王が喜んで紅蓮宮に招くほどの人物とは思えない。
むろん彼らもみなそれぞれ軍功をたてているひとかどの人物ではある。
だが、やはりリューンの目から見ると、いかにも……小さい。
(なんだろうな……この感じ)
それは、昔からリューンがひそかに感じていたことでもあった。
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