2  洞察

「なるほど」


 リューンも合点がいったようにうなずいた。


「そんなところにいきなりレクセリア王女がもどってきても、セムロス伯としては困るってわけか」


「まあ、そういうことだ」


 カグラーンは首肯した。


「でもまあ……それはそれでいいんじゃねえか?」


 リューンはあくまで気楽な調子で言った。


「そのセムロス伯って奴がいま青玉宮をどうしようが、関係ない。俺たちゃ俺たちで、レクセリア姫を助け出せばいい。考えてもみろ、相手は王女……ていうか、王妹殿下だ。王位継承権だって持っているんだろ?」


「まあ一応は……ええと、ミトゥーリア妃の次だから第二王位継承権者、だったかな」


「だったらよ」


 リューンはひどく愉快ないたずらを思いついたように言った。


「要するに、レクセリア殿下にも女王になる資格があるってことじゃねえか。だったら、軍隊を引き連れて青玉宮をおとしちまえばいい」


「おいおい」


 また兄者の無茶が始まった、とでもいいたげにカグラーンが露骨に顔をしかめた。


「そんな……そりゃ、むちゃくちゃだ! だいたい、万一そんなことになったとしたって、兵隊はどこから出すつもりだ?」


「やれやれ、カグラーン……お前、それでも『雷鳴団』の軍師かよ」


 リューンは愉快げに笑った。


「いいか? お前の話だと、いまは青玉宮は、セムロス伯の取り巻きが実質的に牛耳っている、そういう話だったよな? だとすりゃあ……当然、いままでいい思いをしていたのに、それを『セムロス伯に横取りされた奴ら』がいるってことだろ」


 つまりは、セムロス伯によって既得権益を奪われた者たちである。


「ああ……そりゃ、たしかいるだろうな。貴族諸侯でもセムロス伯と仲の悪い奴とか、あるいは……」


 そこで、カグラーンははっとなったように言った。


「なるほど……さすがは兄者だ。そういうことか」


「そういうことだ」


 リューンは凄みのある笑みを見せた。


「セムロス伯とかいうのは、確かに青玉宮やら王国の官僚やら、あと王様を押さえているかもしれない。でも、そうやって派手に出世した奴の蔭には、必ずそいつをねたんでいる奴……面白く思わない連中がいる。そういう連中にとって、レクセリア殿下はどんな存在に映ると思う?」


 彼らからすれば、高い王位継承権を持つレクセリアの存在は、格好の御輿となるだろう。


「理屈だって、いくらだってつけられるね、セムロス伯がよほどの傑物で一気にがたがたのアルヴェイアを立て直したっていうんなら話は別だが……けちをつけようと思えば、必ずどこかにけちの付け所が出てくるはずだ。その機を狙って、レクセリア王女を救国の英雄ってのか? そういうものに、しちまえばいい」


 リューンは相変わらず笑い続けていた。


「そうなりゃ、いまの政事にうんざりしていた奴らが、レクセリア殿下のもとに必ず集まってくる。それも、ただの庶民だけじゃない。騎士たちや、セムロス伯の下では出世できなかった諸侯たちが、一気に集まってくる……この間のヴォルテミス渓谷の戦で、王国軍は実質、壊滅しちまったようなもんだ。そうなりゃ……諸侯の持っている兵士たちの力で、戦の結果が決まることになる」


 カグラーンが、目をぱちくりさせていた。

 雷鳴団の軍師、知恵袋としてカグラーンは活躍しているが、自らの兄がここまで鋭い見通しを持っているとは、正直、思わなかったのだろう。


「ただそうなると、厄介なのはエルナスの殿様だな」


 リューンが言っているのは、言うまでもなくエルナス公ゼルファナスのことである。


「青玉宮がそんなことになっているじゃ、あの人が黙っているわけがない。あの殿様も、必ずなにか手を打ってくる……」


 すでにゼルファナスが第一王位継承権者にして正妃であり、シュタルティスの子を身ごもっているミトゥーリアを連れて青玉宮、メディルナスを脱出していることを、むろんリューンは知るよしもない。

 だが、彼の直感は見事に当たっていた。


「そうなれば近い将来、セムロス伯派、エルナス公派で……そうだな、アルヴェイアっていう国をわった内戦が起きるかもしれない」


 心底、愉しげにリューンは言った。


「そこがねらい目だ……セムロス伯にも、エルナスの殿様にもつかない奴らを集めて……そう、俺たちは『第三勢力』って奴になればいいんだ」


「第三勢力、か」


 カグラーンが言った。

 兄であるリューンが、決してただの戦好きの大男ではないことを、彼が一番よく知っている。

 リューンには、複雑な事象の本質を一瞬にして看破してしまうような、特殊な洞察力と直観が備わっているのだ。


「兄者の考えも、いいかもしれないな。ただ……それにはいくつか問題もあるが……」


 しばしカグラーンは沈思黙考していたが、やがて我に返ったように言った。


「って兄者! 先のことを考えるのも大事だが、いまはとにかく、ガイナス王に拝謁して、うまく歓心を買う……そっちのほうをちゃんとしなきゃいけねえぞ!」


「ちっ、面倒くせえなあ。俺、嫌いなんだよ。男の媚うるなんてよ」


 カグラーンがしかめ面で言った。


「誰も媚を売れなんて言ってない……とにかく、一応の礼儀だけはしっかりとしてくれよ。なんでも、今回、ガイナス王が参集をかけたのは昔からの股肱の臣とからしいし、とにかくグラワリアの大貴族が勢揃いしてるっていうからな。なあ、考えても見ろよ兄貴。直接、国王のほうから拝謁して褒賞したいだなんて言うもんじゃないぞ。これは、それだけガイナスが俺たち雷鳴団と、兄者のことを買ってくれているって証拠だ」


「ああ……わかっているよ」


 リューンは苦笑すると言った。

 実のところ、いやだつまらんとか言いながらも、彼もガイナス王なる男との出会いを、ひそかに愉しみにしていたのである。

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