第四章  紅蓮宮の動揺

1  招待

 グラワリア王都グラワリアスは、グラワール湖の東端に位置している。

 そこから東へと、ソルヴァール河という河が流れている。

 この河は遙か東方の大海にまで注ぎ込み、ネヴィオンや北東の蛮族支配地域との交易、流通などの要となっていた。

 そのため、グラワリアスはセルナーダ北東部の河川交易の中心地でもある。

 王都ということで当然、ガイナス王の支配地域ではあるが、なかにはひそかなスィーラヴァス支持派も少なくない。

 人口も六万を超える、かなりの規模の都邑である。

 だがグラワリア王城、紅蓮宮はこの都の中心部から、かなり離れた場所にあった。

 グラワリアス市の北東、「王の丘」と呼ばれる丘陵地帯に、赤い砂岩や赤系統の大理石を多用した建造物がそびえている。

 特にいまのような夕映えを浴びているときなどは、世界そのものがオレンジ色に染まり、そのなかで紅蓮宮は燃え上がっているように見えた。


「へえ……なかなか大した宮殿……ていうか、これは城だな」


 リューンは手の上でひさしをつくりながら、赤い紅蓮宮の姿を見つめていた。


「しかし、なんであんな丘の上に建ててるんだ? アルヴェイアだと、青玉宮はメディルナスの街の真ん中にあったじゃねえか」


「まあ、城の住人っていうか、建設者の意図がアルヴェイアのそれとはだいぶ異なるってことだよ、兄者」


 今は亡き母が処方してくれた薬草茶を革袋から飲みながら、カグラーンが言った。


「もともとアルヴェイアの青玉宮は、帝国期の宮殿だったものを改築したもんだ。それに比べて、紅蓮宮は三王国期の初めに、新たに一から造営されたもの……兄者の言う通り、紅蓮宮は宮殿っていうより、『城』って感じだろう? 実際、あの建物はあくまで一種の『城塞』として建てられている。まあ、グラワリアスの真ん中に新たに宮殿を建てる土地もなかったし、いざ周囲から攻められたときはこういう丘の上のほうが守りやすいしな」


「つまりは、もともと戦向きに建てられているってわけか……そういうの、嫌いじゃないぜ」


 リューンはにやりと笑った。


「しっかし、こう、ガイナス王も度量が広いよな。なんてたって、俺みたいな傭兵の頭をわざわざ紅蓮宮に招待するっていうんだからな」


 ふいに、リューンは目を細めた。


「ま、これで計画の『第一段階』はなんとかたどり着けたわけだが……どうするんだ、カグラーン? このまま、レクセリア姫をかっさらっちまうのか?」


「兄者、声がでかい」


 カグラーンが低い声で言った。


「まだ……俺たちはいわば計画の賭場口に立っただけなんだからな。あまりせかないでくれよ。とりあえず、もっと何度も紅蓮宮に日参できるようにするには、とにかくガイナス王の歓心を買うしかない」


「へっ」


 リューンが舌打ちした。


「歓心を買う……どうもいけすかねえな。野郎に好かれたって仕方ねえ」


「とにかく、ガイナス王に気に入られなきゃ駄目なんだよ」


 カグラーンが言った。


「でも、その点じゃ俺はあまり、心配はしていない。なにしろ兄者は、なんていうか、ガイナス王好みらしいからな」


「げっ」


 心底いやそうな顔をしてリューンは歩きながら顔をしかめた。


「ガイナス王の好みって……おいおい、俺にゃ男ウォイヤの気はないぜ?」


「そういう問題じゃない」


 カグラーンが呆れたように言った。


「なんていうか、兄者みたいな種類の、破天荒っていうか型破りっていうか、そういう戦好きな……そうだな、『戦馬鹿』みたいなのをガイナス王はお好みだそうだ。特に、成り上がりの傭兵だの、そういう奴らが好きらしい」


「妙な趣味もあったもんだな」


「ご自身は三王国でも一番、高貴な血をひいているからな……そういう上昇志向の強い下々の者を見るのが愉しいんじゃねえか」


「へっ」


 リューンが笑った。


「そりゃなんていうか……いいご身分だな」


「なんたって相手は三王国の一つの王様なんだからな」


 カグラーンが言った。


「ただ、いくら破天荒が好きだからって、無礼を働いていいってことじゃないぞ? ガイナス王の歓心を買って、調子に乗った傭兵が、王になにか無礼を働いて首を切られた、なんて話も有名らしいし」


「戦場でおっ死ぬならまだともかく、そんなくだらないことで死ぬのは、ちょっと、ぞっとしねえな」


 リューンは首をすくませた。


「無礼を働いちゃ駄目……その替わり、歓心は買わなくちゃいけない、か……なかなかこう、難しいところだな」


「これからのことを考えれば、そのくらいの芸当が出来ないとな」


 カグラーンは言った。


「ただ……兄者、ちょっと気になることがあってな」


 リューンの弟は、声を低めた。


「実は、レクセリア殿下のことを……青玉宮は、あまり重視していないらしい。下手したら、あのお姫様……俺たちがガイナス王のもとから助けたはいいが、アルヴェイアにも帰る場所がない、なんてことにもなりかねないぞ」


「おいおい」


 リューンはあわてて言った。


「そいつはどういうことだ?」


「言った通りさ。俺の掴んだ情報じゃあ、いま青玉宮は、セムロス伯って奴を中心に『六卿』と呼ばれる貴族連中が政事を取り仕切っているらしい」


「セムロス伯?」


 リューンは眉根を寄せた。


「そんな奴……そういえばいたかなあ。ああ、セムロス、思いだした! あの世界樹だかなんだか、とにかく馬鹿みたいにでかい木があるところか!」


「そう、そのセムロスだよ」


 カグラーンが言った。


「もともと、セムロス伯はアルヴェイア政界の重鎮ではあったが、あまり目立った動きはなかった……ところがそのセムロス伯が、名前はディーリンっていうんだが、ここのところ、諸侯や王国官僚、それに王家にいろいろと働きかけをしているらしくてな」


「なんでまた?」


「どうも……セムロス伯は、いまの状況を一種の好機とみているらしい。レクセリア王女がいないアルヴェイア王家なんて、周囲からいくらでも籠絡できるからな。で、娘を国王の愛人にしてめろめろにしているとか……まあ、要するにいまの青玉宮は、セムロス伯とその取り巻きが牛耳っているってわけだ」


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