14  法力と闇魔術

 その波動は首領を初めとする、「野盗」たちの体を次々に取り巻いていく。

 途端に、男たちの体に異変が起きた。


「うわ……」


「な、なんだこれは!」


「ぎゃあ……がっ!」


 喉をかきむしる者、あるいは天に救いの手をさしのべるように手を掲げる者など、それぞれの行動はさまざまだが、みな突然、強烈な苦痛に襲われていた。

 苦悶のあまり、石の路地に四つんばいになっている者もいる。

 男たちのうめき声や絶叫、かすれた苦痛の声があたりに不気味にこだました。


「なんだこれは……ま、まさか……がっ」


 口からどろりとした血の塊を吐き出した首領が、ひどく苦しげにつぶやいた。


「これが……噂に聞く死の女神の法力だというのか……やはり、ゼルファナス卿……貴様は……」


「おやおや」


 ゼルファナスは妖しい笑みを浮かべた。


「確か君たちはこんなところにエルナス公がいるなど、信じられなかったのではなかったかね?」


 そばにいたミトゥーリアが、怯えたようにつぶやいたのはそのときだった。


「ゼルファナス卿! こ、これは一体……どんなまじないです? まさか、あなたは本当に、死の女神の……」


「おっと」


 ゼルファナスは、くすりと笑った。


「むろん、私はゼムナリアの信者などではありませんよ」


 エルナス公は平然と嘘をついた。


「私の小姓のフィニスは、この年で天才的な、優れた闇魔術の使い手なのです。これは、死の女神とはなんの関係もない、ただのネルサティア魔術の闇の系統の術ですよ……」


「これが……闇魔術……」


 石畳の上では、何人もの男たちが苦悶し、のたうちまわっていた。

 なかにはすでに、その動きを永遠に静止させている者すらいる。


「闇魔術のなかには、対象に『死』を与えるものがあるのです……いまフィニスが唱えていたのはそのおそるべき呪文……」


「そう……なのですか……」


 ミトゥーリアはうなずいた。

 実際、闇魔術師の使う闇魔術は、ゼムナリア女神の法力と似たところが多いため、よく混同される。

 ゼルファナスはいわば、その誤解を逆手にとったのだった。

 もしミトゥーリアが魔術や法力の専門家であればこんな嘘は即座に見抜いただろうが、あいにくと彼女にはそんな知識はほとんどない。


「さて……これから船旅で一気にアルヴェイス河を下っていくとはいえ、身に寸鉄を帯びていないのではいささか不安だ。野盗のみなさん、少しばかり剣をもらっていきますよ」


 そう言うと、ゼルファナスはすぐ近くに倒れていた「野盗」が腰にはいていた長剣を、鞘ごと奪い取った。


「さて、これで少しは安心でき……」


 その瞬間だった。

 いままで地べたではいずりまわり、苦悶の声をあげていた野盗の首領とおぼしき音が、突如、立ち上がると長剣を振り下ろしてきたのは。


「ゼルファナス……やはり、貴様、おぞましき死の女神の信者であったか!」


 そう言うと、首領は凄まじい勢いで長剣を振り下ろしていた。

 だが、ゼルファナスはほとんど余裕とさえ見える様子で素早く奪った長剣を鞘から引き抜くと、首領の必殺の一撃を受け止めた。

 やかましい金属音が鳴り、あたりに火花が散る。

 ミトゥーリアが悲鳴をあげたが、ゼルファナスの動きには危なげなところは全くなかった。


「だからいまのは、あくまでネルサティア魔術の系統の一つ、闇魔術師だと言っているでしょう?」


 ふいに、ゼルファナスは剣呑に目を細めた。


「ゼムナリアといえば、悪人が死後に赴くという死人の地獄を支配する女神……そんなにかの女神にお会いしたくば、さっさと死人の地獄に堕としてさしあげましょう」


 そう言うと、ゼルファナスは美麗な動きで長剣を一閃させた。

 思わず見る者が見ほれてしまいそうな、見事な剣裁きである。

 ざ、という重い音が鳴ったかと思うと、首領の頭はぐるぐると宙を舞っていた。

 しばし遅れて、首の切断面のあたりから、大量の血液が噴き出していく。

 首を失った首領の体はよろよろとあたりをよろめくと、そのまま前のめりに倒れ伏した。


「きゃ……きゃあああああああああああ」


 その様子を見て、ミトゥーリアが悲鳴をあげる。


「おっと」


 ゼルファナスが、舌打ちした。


「これは失礼した……ミトゥーリア殿下。御機嫌のほうは……」


「あまりよくはありませんわ……血の匂いが……」


 ミトゥーリアにすれば、こんな恐ろしい光景を目にするのは初めてなのである。


「あまりに過激な見せ物でしたな。私も、反省せねばなりますまい。よけいな刺激は、殿下のなかの御子によくない……」


 ゼルファナスは、にいっと笑った。


「なにしろこれから、ミトゥーリア殿下にはエルナスで御子を産んでもらうという大事な仕事があるのですからなさ。さ、殿下……お気を確かに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る