11  軟禁 

 夕食の皿が片づけられ、「海の間」に静寂がもどった。

 いま、この広間にいるのは二人だけである。

 すなわちエルナス公爵にして王国一の大貴族とも称されるゼルファナス卿と、小姓のフィニスの二人だけだ。

 室の外には、何人もの近衛兵たちが詰めている。

 彼らは軟禁状態にあるのだった。

 食後の香料入りの暖めた葡萄酒を飲みながら、ゼルファナスが言った。


「しかし……正直にいって、驚いたね。国王陛下が、まさかあのようなご裁決を下すとは。失礼ながら……陛下はもっと優柔不断なおかただとばかり思っていた」


 ゼルファナスは、くすりと笑った。

 軟禁される前に、ゼルファナスは公爵家づきの魔術師たちに、部屋のなかに一種の結界を作らせていた。

 音声や内部での出来事をさぐる探知魔術を排除するようなものだ。

 だが、いまはそうした結界を張ることすら許されていない。

 つまり、現在のゼルファナスたちは水魔術師たちの魔術によって部屋の外部から「監視」されている可能性が高い、ということだ。

 ある種の術には水晶球で部屋の中を映し出すものなどもあるし、遠くの音声を拾い上げる術なども水魔術には存在する。

 言うなれば、外部に対して秘密を保ってはいられないということだ。

 一挙手一投足を魔術で監視されているという状況である。

 にもかかわらず、ゼルファナスの様子はふだんとまるで変わらなかった。

 お気に入りの小姓のフィニスと、いつものように愉しげに歓談している。

 フィニスは黒髪と白い肌、そしてやや切れ長の瞳が特徴的な、なかなかの美少年だった。

 そのため口さがない宮廷雀たちのなかには、このフィニスという小姓こそがゼルファナスの「男ウォイヤ」、つまりは男色の相手と信じ込んでいる者もいるほどである。

 そう誤解されても仕方がないほど、この主従は常に行動をともにしていた。


「ですが……陛下が一度、裁決を下された以上、ゼルファナス閣下もそれに従うしかないのではありませんか?」


 フィニスの、どこかわざとらしい科白にゼルファナスが笑った。


「まあ、そういうことだね。やれやれ。しかし、精神走査をうけることになるとはね……まあ、ゼムナリア信者扱いされるよりはましとはいえ、私の個人的な秘密がすべて暴露されてしまうことになる」


「あるいは、それくらいでちょうどいい薬になるかもしれませんね」


 フィニスが笑うと言った。


「なにしろ公爵閣下は、いつもろくでもないことを考えておられる。もう、これからはそうした悪事をたくらむこともできませんよ」


「言ってくれるじゃないか」


 ゼルファナスは苦笑した。


「だが……いつ、私が悪事をたくらんだというのだ? いつものことながら、フィニス……君は私にはずいぶんと厳しいじゃないか」


「私は本当のことを申し上げているまででございますよ」


 フィニスが、かすかな笑みを浮かべた。


「ところで閣下……これから、どうなさるつもりですか?」


「さて」


 ゼルファナスが、にいっという笑みを浮かべた。


「こんな狭い場所に閉じこめられているんだ。たまには、『メディルナスの都に遊びに行きたい』ものだが」


「閣下」


 フィニスが言った。


「閣下は禁足をうけている身なんですよ。その調子じゃあ『そのまま懐かしのエルナスにもどりたい』とでも言いそうですね」


「馬鹿なことを」


 ゼルファナスが肩をすくめた。


「ただまあ……どうせ、エルナスにもどるのであれば、あの哀れな『ミトゥーリア妃も一緒に』連れていきたいものだね。なにしろミトゥーリア妃は、いろいろと鬱憤がたまっておいでだ……」


 この時点で、実はゼルファナスとフィニスは、この青玉宮から脱出するつもりだった。

 彼らはさきほどから一般的な会話のなかに、幾つもの符帳を混ぜている。

 「メディルナスの都に遊びに行きたい」、「そのまま懐かしのエルナスにもどりたい」といった言葉がそれである。

 もともと用心深いエルナス公は、いざというときに王城、青玉宮から、故郷のエルナスまで無事にもどれるような脱出路を確保していた。

 今夜、ついにそれを使う機会がやってきた、ということである。

 ただし、この手は一度きりしか使えない。

 だが、ゼルファナスとしては絶対に、王立魔術院の水魔術師たちによる「精神走査」を受けるわけにはいかないのだった。

 もしそんなことをすれば、彼の大変な秘密が満天下にあかされることになる。

 まだ、ゼルファナスの野望は端緒についたばかりだ。

 こんなところで、俗物のセムロス伯ディーリンごときにつぶされるわけにはいかないのだった。


「さて……」


 というと、フィニスが懐から小さな、高さ三ヴィセフト(約九センチ)ほどの、木製の人形を取り出した。

 それぞれ、ゼルファナスを思わせる銀色の髪や、フィニスのような黒い髪を頭部に編み込んである。

 魔術の知識を持つものがまじまじまとこの人形をみればそれがいわゆる「身代わり人形」であることに気づいただろう。

 だが、魔術で外からこの光景を見ているものからすれば、人形の細部などはよくわからない。

 ついと、ゼルファナスは海の間の一画、カーテンがたたまれているあたりに歩み寄った。

 フィニスもそのあとに続き……そのまま、一瞬、二人に姿が消えた。

 カーテンの蔭から、フィニスが人形に封じられた魔力を発動させる発動文言を唱え始める。

 すると、外からこの「海の間」を監視している者の意識には、最前と変わらぬ光景が映し出された。

 エルナス公とフィニスが、なにやら会話を行っている。

 監視をしていた魔術師は、一瞬のうちに「すり替え」が行われていたことに、だいぶ後になるまで気づかなかった。

 すでにこのとき、ゼルファナスはカーテンの蔭の隠し扉から、青玉宮のなかに幾つもあるとされる隠し通路の一つのなかに入り込んでいたのだった。


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