8 証言
「言葉通りの意味です」
ゼルファナスは、真摯な口調で言った。
「私の不徳により、あるいは行政能力の低さにより……ヴァラルのアティスは領内の『ゼムナリア信者たち』によって、娘を殺されたのです。その点について、謝罪したい……そう申し上げたのです」
「ふむ」
シュタルティスは、ゼルファナスの言葉の意味を理解したようだった。
「領内のゼムナリア信者といったが……それはつまり、ゼルファナス卿、貴卿は自領でゼムナリア信者が跋扈していたことは認めるが、貴卿本人がゼムナリア信者だというわけではない……そういうことだな」
「陛下のおっしゃる通りでございます」
神妙な口調でゼルファナスは答えた。
「ヴァラルのアティスなる者の申しよう、とても作り話とは思えませぬ。となれば、遺憾ながら我が領内にゼムナリア信者が跋扈しているのは事実なのでありましょう。ですが、それと私めがゼムナリア信者であるかは、まったくの別問題でございます」
ゼルファナスの言い分は、非常に理にかなったものだった。
つまり、ヴァラルのアティスの言っていることは、概ね真実である。
彼はエルナス公領で秘密裡に活動しているゼムナリアの信者たちにより、娘を殺された。
その点は、領内の治安を預かるゼルファナスの、言うなれば手落ちである。
ゆえに、ゼルファナスは謝罪した。
が、だからといって、ゼルファナスがゼムナリア信者だという理屈にはならない、ということだ。
「待て!」
ヴァラルのアティスが、絶叫した。
「俺は……俺はちゃんと見たんだ。間違いない……ゼルファナス! お前の姿を! 騎士の鎧に身をまとったお前がまびさしをあげて、配下の騎士たちに指図している姿を!」
「それは」
ゼルファナスはごく冷静に答えた。
「突然、村人たちを虐殺され、また不幸にも娘を殺されたとあっては……アティスなる者の心が、常ならぬものとなるのも仕方なきこと……」
「なんだと?」
アティスが怒鳴り声をあげた。
「じゃあ……俺が見たのは幻だったとでも言うつもりか! そんなわけがねえ! 俺はちゃんと……」
「アティスどの。あなたはおっしゃいましたね」
ゼルファナスが、闇色の瞳でアティスを凝視した。
まるで、蛇ににらまれた蛙のように、アティスの動きが固まる。
「その虐殺が起きた夜は……銀の月が、新月であったと。皆さんもご存じの通り、夜空には銀の月の他にも、赤の月と青の月がございます。しかしながら、この二つの月の月光はごく淡いもので、星明かりと大差ない……」
それを聞いて、傍聴人たちが賛同するようにうなずいた。
「そんな薄暗いなかで、なぜアティスどのは、ゼムナリア信者たちを率いていたのがこの私だと断定できたのでしょう?」
「そ、それは……」
アティスが口ごもった。
「あ、あんな綺麗な、女のような美貌の持ち主がそうそういるはずがない! エルナス公の美しさは、俺だって知っていた! だから……」
「なるほど」
ゼルファナスが、なかば哀れむように言った。
「だとすると……ひょっとすると、そのゼムナリア信者たちの首領は『美しい女』だったかもしれないのでは?」
アティスが呆然とつぶやいた。
「なんだって……? あの、あれが……女だった?」
「騎士の鎧を着ていたというのも、なにかの見間違いかもしれませんよ」
ゼルファナスは続けた。
「死の女神の僧侶には、尼僧も多くいると聞いたことがあります。あるいは、私と似たような顔の、そうした尼僧だったのかも……」
「違う」
アティスは、弱々しい口調で言った。
「違う……あれは、確かにゼルファナス……お前だ……」
「もう、ずいぶん前の記憶でしょう?」
エルナス公の物言いはあくまで落ち着いていた。
「記憶違いということも、十分にありえます。いずれにせよ、あなたは勘違いを……」
どうやらやはり、これはヴァラルのアティスなる者の勝手な思いこみではないのか。
確かにゼムナリア信者に娘を殺されたのは哀れではあるが、だからといってエルナス公がゼムナリア信者だというのには無理がある……法廷内の空気が、そんなあんばいに流れかけたそのときだった。
「お待ちください」
王国法務院判事、今回の事案の告発者でもあるマイアネスが、うわずった声で言った。
「このままでは、結局はヴァラルのアティスなる者の証言が信用できるか否か、その点をめぐって不毛な議論を繰り返すだけです。ですが、エルナス公の嫌疑を晴らすにはよりよい手があります」
その瞬間、エルナス公の顔がかすかにしかめられたが、それに気づいた者はほとんどいなかった。
「王立魔術院の水魔術師たちにより、エルナス公の心を……『精神走査』にかけるのです。水魔術師により心を読まれれば、エルナス公がゼムナリア信者であるかどうかは明々白々となりますが、いかがですか?」
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