4 逮捕
とはいえ、実質的にはこれは親戚同士の晩餐会、と見て取ることも出来た。
なにしろエルナス公は母方の血筋からすれば王家の従兄弟である。
幼い頃から、王家の姫たちとは親しくつきあってきたのだ。
唯一、レクセリアだけがついにゼルファナスと親しくすることはなかったが、彼女はいま、この場にはいない。
それにもともと、レクセリアは奇矯な姫君と見なされている。
「ねえ……ゼルファナス様」
頬を紅潮させたミトゥーリアが、銀杯に注がれたシェルティアの最高級の白葡萄酒を煽ると言った。
「陛下は……あまりにも冷たい。そうお思いになりません? 確かに、その……シャルマニアとかいうあの娘は、若くて美しいし、血筋も申し分ありません……ですが……私は、これでも第一王妃、正妃なのですよ! しかも私は陛下の妹……古代ネルサティアよりこのかた、王家では兄と妹の結婚こそがもっとも聖なるものとされているはずではないですか?」
そう言って、座った目でゼルファナスを睨みつける。
「ちょっと……お姉様。そんな……ゼルファナス卿に愚痴を言っても仕方ないじゃない」
姉をたしなめたのはミトゥーリアの妹、王妹であるネシェリアだった。
炭のような青黒いとすら言える黒い巻き毛の髪に、その名のもとともなった青の月ネシェリアのような、美しい青い瞳の持ち主である。
かなりの大食漢なのだがあまり女性として体の発育が良いとはいえず、少年めいたほっそりとした体つきをしていた。
今年で十四歳になる。
「お兄様……いや、その、いくら陛下がシャルマニア嬢に夢中だからって、もうちょっと寛大じゃないと。陛下の正妃っていえば、そういう立場じゃない」
「また子供のあなたにはわからないんです」
キッと、ミトゥーリアはネシェリアをにらんだ。
「陛下と……いえ、私とお兄様の間に割ってはいるなんて、あのシャルマニアとかいう性悪女……許せませんわ! ねえ、ゼルファナス卿! あなたも私の従兄弟で、王国一の大貴族なのでしょう! だったら、あなたの力でなんとかしてくださらない?」
「畏れながらそれは、その」
ゼルファナスが苦笑するように言った。
「決定権は、あくまで陛下にございます。私は陛下の臣にすぎず……その、なんと申しましょうか」
「もう」
さすがにシェルディアの葡萄酒を飲み過ぎたと思ったのか、冷たい水を手酌で杯を注ぐとミトゥーリアは言った。
「エルナス公爵といっても、こんなに頼りにならないなんて! 私、失望いたしました」
どう見ても、悋気に狂った女が酔っぱらって言いがかりをつけているとか見えない光景である。
事実、周囲の侍女たちは失笑を押さえるのに必死だった。
彼女たちは知らない。
これが、ゼルファナスの指示のもと、ミトゥーリアが行っている「演技」にすぎないということに。
いずれゼルファナスは、ミトゥーリアを自領に引き連れ、そこで密かに腹の子を出産させるつもりでいる。
だが、そのためには口実が必要なのだ。
やはりシャルマニアに嫉妬して王妃が自ら「親戚である」エルナス公家に向かった、という形にするのが一番だろう、そうゼルファナスは判断していた。
いまのようなシャルマニアに惑溺している間は、国王シュタルティスとしても正妃が近くにいなければかえって都合が良いと考えるだろう。
それこそが、ゼルファナスの狙いなのだ。
いまだ王子懐妊は、ゼルファナスとミトゥーリアづきの限られた侍女たちしか知らぬ秘事である。
この王子が生まれれば、ゼルファナスとしては第一王位継承権者という絶好の手駒を得ることになる。
この晩餐会での醜態ぶりも、ミトゥーリアの、嫉妬の演技である。
あえて噂好きでしられる侍女たちを集め、ゼルファナスは晩餐会の給仕を行わせていた。
すでに宮廷内に、かなりの勢いでミトゥーリアがシャルマニアへの嫉妬に狂っているという噂は広まっている。
すべては予定通りというものだった。
だがゼルファナスの見たところ、正直にいっていまのミトゥーリアの痴態は、必ずしもただの演技ではないだろう。
なにしろミトゥーリアは、蝶よ花よと育てられてきた王家の姫である。
いままで自分の思い通りにならなかったことなど、ほとんどなかったに違いない。
むろん王家の姫とはいえ、否、であるからこそさまざまな行動の制約があるのは事実だ。
だが、幼い頃からそれが当たり前のように育てられていれば、自分のなすべきこと、またしてはならないことというのは当然のこととして認識できる。
小さな頃から、その王女としての小さな枠の中で、ミトゥーリアは好きように過ごしてきた。
彼女のおっとりとした、鷹揚な感じの雰囲気は、まさにお姫様育ちだからこそのものである。
その彼女にとって、「兄であり夫である国王を他の女に奪われる」というのは、あるいは二十数年の人生で初めての、衝撃かもしれなかった。
むろん理屈ではミトゥーリアも、そのようなことがありうることは理解しているはずだ。
だが、現実にそうした事態が出来し、内心でミトゥーリアは恐慌をきたしていた。
いつも自分を愛してくれていたはずの兄が、自分を裏切った。
きっと、彼女はそのように考えているはずだ。
本人はこの悋気を演技のつもりで演じているかもしれない。
だがそれが演技ではなく「本気」に変わりうることもあるのだと、ゼルファナスは知っていた。
それこそは彼の望むことである。
国王と正妃ミトゥーリアの仲が悪化するほど、将来のゼルファナスの役に立つのだ。
なぜなら……。
そのときだった。
突如、室の扉が開けられたのは。
扉の前で入室を宣言することもなく、いきなりのことである。
無礼としかいいようがない。
「何事です!」
すぐさま、正気に返ったようにミトゥーリアが言った。
「無礼でありましょう。いま、この部屋にいる者たちは……」
「ご無礼をお許しください、ミトゥーリア殿下」
そう言って、金色の房をつけた青い兜の、青玉宮の近衛兵たちが部屋に続々と入り込んでくる。
さすがのミトゥーリアも異常を感じたらしく、その顔は青ざめていた。
「なんです? これは、一体……」
「これは、国王陛下よりの、じきじきのご命令です」
近衛兵の隊長が、緊張した面持ちでゼルファナスを見つめて言った。
「エルナス公ゼルファナス閣下……貴卿には、死の女神ゼムナリアの信者であるとの疑いがかけられています。国王陛下の御名において、貴卿を逮捕いたします」
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