3  貴族たちの噂 

 アルヴェイア王城、青玉宮では相変わらず宮廷雀がかしましい。

 王に対する領地裁判への申し立てなど、所用があって王城に登城した貴族諸侯が広間で酒杯を片手に、最近の青玉宮の動静について話し合っている。


「しかし……いまでは、セムロス伯の権勢のほどはかなりものらしいですな」


「以前は、王国一の貴族といえばゼルファナス卿と相場が決まっていたが……あの御仁は、どうも自らの力を理解していないふしがある。このままでは、セムロス伯派……ああ、最近の青玉宮では『大樹派』と言うのでしたか、彼らに押されっぱなしだそうで」


「毎夜のように開かれる『大樹の宴』で、官僚たちはすっかりセムロス伯側についているようです。さらには、あの娘御……ほら、なんと申しましたか」


「シャルマニア嬢でしたかな。確か、母上はネヴィオン四公家の一つ、リュナクルス公の息女だったと」


「さよう……その、シャルマニア嬢にもいまや陛下はぞっこんという噂ですぞ。毎晩、寝室にシャルマニア嬢を招いているとか」


「いや、おおっぴらにそのような真似が出来るとは……国王陛下がうらやましい」


「またまた……貴殿も、侍女たちに手をつけていると噂ですぞ?」


「貴卿こそどこぞの娼家で……と、その話題はもうよろしい」


「とにかく、陛下はシャルマニア嬢の虜となっているようです。なんでもセムロス伯は、シャラーン某国の元宮廷女官を招いて、シャルマニア嬢に徹底的に房中術を教え込んだとか」


 シャラーンは爛熟した文化を持つ遙か北の文化圏であり、いわゆる「愛の技」の発達ぶりに関してはセルナーダのそれを遙かに凌ぐとされている。


「すでにシャルマニア嬢を第二王妃に、という噂は公然とささやかれているようですな」


「となると、やはりこれからはセムロス伯派、いや、大樹派が青玉宮の主流、ということですかな……」


「ただ、セムロス伯も、長年の放蕩が祟って、いろいろと病を抱えているとも聞きますぞ」


「ああ……そういえば、昨年のヴォルテミス渓谷の戦いには、セムロス伯家はそれで出兵できなかったと聞きましたな。病に伏せっていたとか……」


「一応、騎士や歩兵を代理の騎士に指揮させて、形ばかりは派兵したということになっているようですが」


「なるほど……いまは大樹派が一気に宮廷を制する勢いではありますが、セムロス伯の健康問題を考えると……」


「それに、セムロス伯にはなんといっても、エルナス公という政敵がおりますからな」


「エルナス公は、特にセムロス伯を敵視してはいないようですが……」


「それはそうですが、セムロス伯の野望……と申してはなんですが、自らの娘を第二王妃となし、シュタルティス王の岳父……さらには、次代の国王の祖父となるには、王位継承権を有するゼルファナス卿が邪魔に思えるのかもしれませんぞ」


「もしシャルマニア嬢が男子を懐妊すれば……なるほど、確かにエルナス公の存在は、不安ではありますな」


「もしシャルマニア嬢が近い将来、男子を出産したとしても、成長には時間がかかる……その間にシュタルティス陛下に万一のことあらば……」


「レクセリア姫がおられたころはまた別だったのでしょうが、女王ではいかにも頼りない。そこでゼルファナス殿が王位を狙う……なるほど、ありそうな話ではありますな」


「王位といわずとも、摂政につけば王国の実権はゼルファナス卿が握ることとなる。そうなれば、セムロス伯の孫である王子も、頭を押さえつけられた格好に……そしてそのころには、セムロス伯はおそらく天に召されているでしょう。となれば……」


「なるほど、言うなればセムロス伯にとっては、今回が最後の好機、というところですか……」


「いまのうちに王城内を大樹派で固め上げ、エルナス公を中央政界から放逐したい……それが、セムロス伯の腹なのでしょうな」


「ただ、ゼルファナス卿はナイアス候やウナス伯とも一種の連合を組んでいる様子。そのあたりをどう突き崩すのか……」


「ところで、例のシャルマニア嬢が寵愛をうけている件で、ミトゥーリア妃がずいぶんとご立腹とか」


「ほう……あのおかたが。そうした悋気、嫉妬とは無縁なかただとばかり……」


「いえいえ、女性の悋気とは恐ろしいものらしいですからな。最近はミトゥーリア妃は、陛下ともろくろく口をきかず、ゼルファナス卿のもとに日参しているようですぞ」


「エルナス公のもとにですか? しかし、それはなぜ……」


「つまりは宮廷政治で、セムロス伯と対立していると目されているエルナス公に頼ろうとしている、そういうことでしょう」


「ははあ、なるほど……確かにエルナス公はミトゥーリア妃からみれば従兄弟でもありますからな。しかし、なんというか、その、エルナス公からみれば……」


「とんだ迷惑、というところでしょうな。これ以上、セムロス伯と対立させられる要因を勝手に増やされてはたまらないと」


「エルナス公も、とんだ災難ですなあ」


 この時期、青玉宮を取り巻く政治的状況は、多くの人々にとって概ねこのように認識されていた。

 彼らはそうした情報が、エルナス公ゼルファナスによって意図的に宮廷内に流されていることを知らない。

 ゼルファナスは宮廷づきの侍女を初めとする噂を巧みに操作し、人々の間に「エルナス公はミトゥーリア妃のせいでセムロス伯と対立せざるをえなくされている」ことを印象づけているのだった。

 もし、そうした噂を信じる者からすれば、今、エルナス公が王城に逗留する際、使われる「海の間」の隣の一室で開かれているささやかな晩餐会をみて、「エルナス公もお気の毒に」と苦笑したことだろう。

 今夜はセムロス伯が開いている、「大樹の宴」などとは異なり、ごく内輪の晩餐会である。

 とはいえその出席者は、そうそうたる面子ばかりだった。

 宴の主人であるエルナス公を初め、ミトゥーリア妃に、王妹であるネシェリア、同じく王妹のファルマイアという王家の姫君たちである。

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