14 王とはなにか
「それにしても……王などというのは、いい加減な称号だとはおもわんか?」
ふいに、ガイナスが言った。
その太い指にはめられている、黄金製の指輪をそっと指でなぞる。
それは王位の証である、玉爾に他ならなかった。
「たとえば、いま俺がグラワリアの『王』でいられるのはなぜだと思う? それは、俺が先王の長子だからか? それとも、ソラリス寺院より、あるいは太陽神その人より太陽の冠を授けられ、王器に俺の血をいれた葡萄酒を諸侯たちの爵具に注ぎ、彼らに呑ませたからか? あるいは、この玉爾を指輪として所有しているからか?」
それは言うなれば、王家の正当性、王としての正当性はどこにあるか、という問いだった。
まず最初の、先王の長子というのは、言うまでもなく「血統により王として認められている」という論拠である。
二番目のソラリス寺院での戴冠式や諸侯への叙爵は、「神権と儀式により王として認められる」というものだ。
そして最後の玉爾のくだりは、「玉爾の所有者こそが王である」という理屈である。
通常、この三つは一つの人物が兼ね備えている。
つまりしかるべき血統、いわゆる「黄金の血」をひいたものが、「ソラリス寺院で戴冠式と諸侯への叙爵」を行い、「玉爾を所有」しているのだ。
これこそが三王国の王たる者である。
「さきほど陛下のおっしゃった三つの条件……それをすべて備えているものこそが王でありましょう」
レクセリアは、いささか当惑しながら言った。
ガイナスがなぜ突然、こんな話をしたのか理解できなかったのだ。
「まず血統は当然のことです。そしてその血統を受け継いだものこそが、戴冠の儀と叙爵を行えます。さらには、玉爾は魔呪物の一種……王たる資格がある者しか身につけられぬとされております」
「なるほど」
ガイナスは言った。
「では……たとえば、玉爾をはめればその時点で、その者が王であると主張する権利はあるな」
「それはそうでしょうが……」
ますます、ガイナスの真意がつかめない。
「しかしなぜ、いまそのようなお話を……」
「なに」
ガイナスが肩をすくめた。
「王たる者……ずいぶんと、その実情はむなしいものだと思ってな。こんなちっぽけな指輪を……」
そうつぶやきながら、己の指にはめた玉爾をガイナスはなでさすった。
「こんなものをはめさえすれば誰であれ王である資格がある……そう考えると、実に、なんというか……」
しばらくの間、ガイナス王はなにかを考え込むかのように言った。
「王位というのは馬鹿馬鹿しい……そう、実に……」
その瞬間だった。
ガイナスの体に、異変が起きたのは。
一瞬、玉爾をはめた指輪を前方に突き出したかと思うと、片手で喉をかきむしるようにし、そのまま椅子から前のめりに倒れ伏した。
目は白目をむき、口からは白い泡を吐きそうになっている。
異様なほどに、唇は紫色になっていた。
「陛下!」
傍らで控えていた小姓が、顔色を変える。
どうやら扉の背後に控えていたらしい、何人もの警護のものらしい騎士たちがガイナス王に近づいていった。
「陛下……ガイナス陛下!」
突然のことに、さしものレクセリアもその場に立ちすくむことしか出来なかった。
一瞬、自分がなにの魔術でも使ったのかと嫌疑をかけられるのではないか、そうも思ったがこの部屋には極めて強力な魔術封じの結界がかけてあることは、水魔術師でもある宦官のヴィオスがとうの昔に確かめている。
「陛下……お気を確かに、陛下!」
見ると、金褐色に日焼けした肌を持つ金色の巻き毛の美女が、ガイナス王の体を抱え起こしているところだった。
確か彼女は稲妻の女神であるランサールに仕える「ランサール槍乙女団」の槍頭だったはずだ。
名はメルセナとか言ったはずだ。
騎士たちにまじって、槍乙女団の女兵士たちが何人も王のまわりを取り巻いていた。
紅蓮宮で暮らしているうちに、ガイナス王がこの槍乙女たちを近衛兵として使っていることをレクセリアは知っていた。
「レクセリア殿下……」
ふいに、白目を瞬かせると、青い目になにかの妄執じみた光を宿らせてガイナスが言った。
「約束してくれ……グラワリア王の……妻になると……死に行く者の……最期の願い……聞き届けてはくれぬか……」
病で乱心しておられるのか? 陛下、しっかりなさってください、といったガイナスの近くにいる者たちの声が聞こえてくる。
その声に混じって、なにかの呪文でもあるかのようにガイナスの苦しげな言葉ははっきりとレクセリアの耳に届いてきたのだった。
「約束しろ……レクセリア……グラワリアの……グラワリア王の……妻となると……約束だぞ……レクセリア……」
気丈なレクセリアも、ガイナス王の尋常ならざる執念のようなものを感じ、まるでなにかの魔物に魅入られたかのように王の姿を見つめることしか出来なかった。
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