12  提案

「生身も生身、俺ほど率直な、人間らしい人間もそうはおるまいよ」


 ガイナスは笑った。


「やりたいようにやり、生きたいように生きる。それを俺は実践してきた。気にいらぬ者はたたきつぶし、戦で破ってきた。それが俺の人生だ。まあ、民からすれば最悪の国王ではあろうがな」


 再び、ガイナスは笑った。


「俺は王に生まれて、幸せだった……わがままだ、我慢知らずだと言いたい奴は言えばいい……よくも悪くも、俺は王だった……自らの欲するように物事を行った。たとえ悪王と呼ばれても、あるいは死の女神ゼムナリアの死人の地獄に堕ちることになろうとも、これだけは胸を張って言える……俺は、王たるものとして自らの望むように生きてきた、とな……」


 ふと不吉な、薄ら寒いものをレクセリアは背筋に感じた。

 さきほどから、ガイナスは自らの行いをすべて過去形で話している。

 これは一体、なにを意味するのか?

 あるいはガイナスの病は、表で見えるものより遙かに深刻なものなのだろうか?

 なにしろもともとが桁外れの生命力の持ち主である。

 並の者ならとうに倒れているものの、持ち前の頑健さで病になんとか耐えているということもありうるのではないか。

 だが、この時期にもしガイナスが死んだらどうなるのか?

 文字通り、グラワリア全土に激震が走るだろう。

 最終的にはスィーラヴァスが王になるだろうが、ガイナス側についたグラワリア諸侯たちが、簡単に軍門に下るとも思えない……。


「ところで、レクセリア殿下」


 ガイナスが言った。


「貴女をアルヴェイアに返してさしあげようと、アルヴェイア側に身代金の額を伝えたところ、先方はとうてい払えぬと言ってきた」


 ガイナスはあえて金額を告げなかったが、それが莫大な額にのぼることは予想できた。

 なにしろ一国の王女の身代金なのである。


「失礼ながら……貴女は、アルヴェイアに見捨てられたようだな。いくら身代金を下げても、これ以上、貴女の身柄の返還交渉には応えられぬ、というのが向こうの言い分だ」


 それは、レクセリアとしてはある程度、覚悟していたことではあった。

 なにしろ兄王であるシュタルティスに、レクセリアはうとまれている。

 自らより優れた資質を持つ妹を、同じ王族として不安に感じているのだ。

 さらにいえば、エルナス公ゼルファナスも自分のことを嫌っている。

 国王と、王国一の大貴族に嫌われた以上、レクセリアとしても立つ瀬がない。

 あるいは女同士の同性愛、いわゆるウォイヤの情人であるヴィンス侯爵夫人は自分の自らの返還のため奔走してくれるかもしれないが、正直なところ、それも望み薄だろうとレクセリアは諦観している。

 確かにヴィンス侯爵夫人は幾度か愛の契りを結んではいるが、それは一種の火遊びのようなもので、むこうが自らの不利を承知でレクセリアのために宮廷内工作を行うとはちょっと思えない。

 つまり、いまのレクセリアにはどこにも行き場がないのだ。

 あるいはこのまま紅蓮宮に、いずれグラワリア、アルヴェイア両国でなにか政変が起きたときのための「政治的な駒」として軟禁され続けるのだろうか?

 どこかでそれもいいか、と考えている自分がいる。

 かつては民のため、アルヴェイアを王家を中心とした中央主権製国家として再生させる、という望みがあった。

 だが、ヴォルテミス渓谷で大量の兵を失って以来、そんな意気も喪失している。

 あれだけの兵士を無駄死にさせたような人間が、王国の政治に手を出してもろくなことにならない、と思ったのだ。

 いまだレクセリアの傷は、深い。

 いや、ヴォルテミス渓谷の出来事は心の傷どころか人格の変化すらもたらしている。

 いまのレクセリアは無気力でうつろな、魂の抜けた人の抜け殻みたいなものだった。


「ふん……」


 長い沈黙の後、ガイナスが言った。


「こうしてレクセリア殿下の様子を見に来た、などと理由をつけて愚痴をぶちまけるとは、俺もヤキがまわったかな。ただ……殿下も、相変わらず『人形』のままか」


 そう言われてしまえば、反論もできない。


「殿下よ……貴女は、このままでいいのか? このまま、紅蓮宮で軟禁されたままで」


「なにをおっしゃいますやら」


 レクセリアは苦笑した。


「まさか、私を軟禁している張本人に、そのようなことを言われるとは思いませんでしたわ」


「そこをつかれると痛いのだがな」


 ガイナスは、妙に人好きにする笑みを見せた。


「ただ……若い身空で、なんというか。もったいない。貴女も今年で十六になったはず。つまりは、成人となったわけだ。で、あれば……」


 ガイナスの笑みが広がった。


「どうだ? グラワリア王に嫁いでみる気にはならんか?」


 ヴィオスが息を呑む声がした。

 いままで、幾度となく予想したことではある。

 なにしろレクセリアはアルヴェイアの第二王女であり、アルヴェイア王国の王位継承権者である。

 この時代の慣例として、もし誰かに嫁げばその者にはアルヴェイアの王位継承権も、「持参金」としてついてくることになる。

 つまりたとえばガイナスがレクセリアを妻としてめとれば、彼はグラワリア王であるだけではなく、アルヴェイアの王位継承権を要求することも、理論的には可能になるのだ。


「どのみち……いまのアルヴェイア王シュタルティスは、失礼ながら、暗愚だ。おそらくは、このままいけばアルヴェイアもろくなことにはなるまい」


 ガイナスは言った。


「だが……グラワリア王の妻となれば、レクセリア殿下にはグラワリアという後ろ盾ができることになる。その力を借りて貴女がアルヴェイア女王として即位し、王国を統治することも不可能ではないが、いかがかな?」

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