10 高貴なる面会者
眼前にいたヴィオスが、吐息をつくと言った。
「殿下……お気持ちはわかりますが、いつまであの戦のことを考えておられるのです。確かに戦に負けはしました。将兵も多くが殺されました。ですが、戦であればそれは致し方のないことです」
ヴィオスは話を続けた。
「憎むべきはガイナス王の残虐さ……違いますかな? 殿下は、殿下にできる最良のことをしたのです。殿下は、決して間違っておられなかった。ただ……」
「いえ」
久方ぶりに、レクセリアは口を開いた。
「私は……過ちを犯しました。降伏すればガイナスが将兵の命を助けるはず……あの男の残虐ぶりは知っているはずなのに、そうした誤った判断を下しました。その結果……」
最終的には、レクセリアの思考はどうしてもそこに行き着いてしまう。
自分さえしっかりしていれば、もう少し、なんとかなったのではないか、と。
あのガイナス王の気性を見誤った。
そうとしか思えないのだ。
「これでは……いつまでたっても、きりがありませんな」
ヴィオスが深々と嘆息した。
事実、もう何十、何百回となくレクセリアと似たようなやりとりをしているヴィオスからみれば、そういうことになるのだろう。
そのヴィオスが、ふいに興味深げに言った。
「そういえば……殿下、マシュケル攻防戦で、いささか面白いことがございました。雷鳴団のリューンなる男のこと、覚えておられますか?」
その名を聞いた瞬間だった。
レクセリアの体の深奥で、なにかがどくんと鼓動した。
「リューン……」
確かに、聞いたことがある名だ。
なぜいままで忘れていたのだろう。
リューンといえば、南部諸侯との戦いのとき、自分を狙ってきたハルメス伯を倒して戦の殊勲者となった男ではないか。
そして、あの男の奇妙な瞳もはっきりと覚えている。
不思議な、青と銀の、それぞれ色の違う左右の瞳。
それは、自分の瞳とまったく同じ組み合わせなのだ。
「リューン……そう、リューンヴァイスとか言いましたね。確か、雷鳴団なる傭兵団を率いていたとか」
だが、その雷鳴団は、確かエルナス公ゼルファナスの親衛隊に取り込まれたのではなかったか。
リューンがゼルファナスに雇われたと聞いたとき、かすかな失望の念のようなものを抱いたことを覚えている。
相手は一介の傭兵隊長だというのに、なぜあんな不快な気分だったのか、自分でもうまく説明がつけられない。
「そのリューンが、どうしたというのです? あの男は、エルナス親衛隊として、いまはエルナス公の麾下に……」
「それがですな」
ヴィオスがかすかに微笑めいたものを農家のおかみさんのような丸顔に浮かべた。
「リューンなる男、どうもエルナス公のもとを離れて、なんとグラワリア内戦に傭兵として参加しているようなのです」
「ほう……」
理由はわからないが、ひさびさにレクセリアは胸の高鳴りのようなものを感じていた。
「それで……やはり、活躍しているのでしょうか?」
「活躍どころの話ではないようですよ。なんでも、今回のマシュケル攻めでも、獅子奮迅の働きぶりを見せたとか。しかも城門突破の際は、ガイナス軍の先鋒を務めたそうです」
「先鋒を?」
レクセリアは思わずうわずった声をあげた。
「しかしリューンは傭兵……それも、アルヴェイア人のはずではないですか。そのような身分のものが……」
「そのあたりが、ガイナス陛下らしいといえば、らしいところですな」
ヴィオスはささやくように言った。
「なにしろあのおかたは、極端な実力主義者であられる。戦で勝つためには身分や古い因習など、ガイナス王にとって意味はないようなのです。まあ、だからこそ戦には強さを見せるのでしょうが……」
そこで宦官は咳払いをした。
「まあ、それはともかくとして、リューンなる傭兵……どうも、マシュケルでの戦功を認められ、紅蓮宮に招かれるようですぞ」
「リューンが……あの、リューンヴァイスとかいう男が、ですか」
レクセリアは運命の変転の不思議をなんとなく感じていた。
かつて自分を救った男が、今度は自分の敵であるガイナス王に雇われ、軍功をたてて紅蓮宮にまで招かれることとなるとは。
「運命の二女神とは、つくづく奇妙な定めを好むようですね」
レクセリアがそう言ったその瞬間だった。
突如、分厚い胡桃材製の、磨かれた扉の奥から女官の声が聞こえてきた。
「レクセリア殿下。『ある御方』がこれよりその部屋を訪います。くれぐれも、失礼のなきよう……」
ヴィオスが扉を開けた瞬間、その青い瞳が驚愕に見開かれた。
「こ、これは……」
一体だれだろう、とレクセリアは思った。
原則として、レクセリアに取り込まれることはを恐れてか、グラワリアの諸侯たちとの面会は制限されている。
ヴィオスが驚くほどの相手といえば……。
その刹那、レクセリアはこの部屋を訪れた者の正体を悟った。
「なに、最近はレクセリア殿下にもあまりお会いしていない。せっかくの戦勝でもあるし……俺も、少し時間に余裕が出来た。ひさびさに殿下の美貌でも拝見しようと思ってな」
どこか人を食ったような物言いをするその声の主は、グラワリア国王ガイナス一世のものに間違いなかった。
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