8 内戦の事情
「当時の紅蓮宮は、ガイナス王太子……まあ、つまりはいまのガイナス一斉陛下が、実質的な王としてふるまっていたのです。そして、どうもガイナス陛下は、父王ヴァラス三世と不仲だったようでしてな。スィーラヴァス認知の件も、ことと次第によると、ヴァラス陛下の、ガイナス陛下に対する一種の嫌がらせのようなものではないかと……」
「馬鹿馬鹿しい」
さしものリューンもあきれて言った。
「そんなくだらないことのために、そのヴァラス三世って王様は、自分の子供でもない奴を王子として認知したってのか?」
「馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、親子の確執というものはそういうものらしいですよ。ただまあ、これはガイナス派の間で流れている噂ではありますがね……」
あるいはそうした噂を、ガイナス派が意図的に流しているということもありうるのだ。
そういう言外の含みを主人は言葉に持たせていた。
「まあ……いずれにせよ、国王が認知した以上、スィーラヴァスは庶子とはいえ王子であることは替わりがない。スィーラヴァスは、さっそくグラワール湖を『領土』として与えられグラワール公に封ぜられました。このころから、ガイナス陛下との軋轢はあったようですな。なにしろガイナス陛下は母君も王家の出身、グラワリアでもっとも高貴な血をひいているおかたです。それに対してスィーラヴァスはただの魚売りの娘の子で、そんな奴がある日、『弟』として目の前に現れて本来、自分がつぐはずだったグラワール公位まで奪っていったら……」
たしかに、両者の確執は激しくなるわけだ。
特にガイナスからみれば、一体どんなたちの悪い冗談だ、という感じだろう。
「しかもまあ……こればかりは認めなければなりますまいが、このスィーラヴァスという男、為政者としてはそれなりに能力があったのですな。なにしろもともとが魚売りの身だ。漁業、水運、商業……そういうのにめっぽう強い。母親の身分が低いとはいえ、特にグラワール湖岸の諸侯の間で人気が上昇して……まあ、それがいまの内戦のきっかけとなったわけですが」
酒場の主人は、そこで長いため息をついた。
「ガイナス王は……まあ、あの通りの御仁ですからな。気性が激しく、武や戦を好む。しかし諸侯からすれば、無駄な戦はしたくない。それで国内諸侯は、グラワール湖岸の者はスィーラヴァスに、一方の湖から離れた内陸諸侯はガイナス王にと、見事に二派に分裂しまった。そんなときに、ヴァラス三世が崩御され、ガイナス王が王位を継いだのですが……国王に就いたガイナス陛下が最初に行ったのが、グラワール湖岸の諸侯に対する苛烈な課税でした。まあ、ガイナス王からすれば、スィーラヴァスに与するような真似をしたら痛い目にあうぞ、という脅しのつもりだったのでしょう。ところが、これがいままでグラワール湖岸諸侯の間でたまっていた、昔からのいろんな王家への鬱憤に火をつけたんですな。一度、紅蓮宮に集まってガイナス王が即位した際、国王への忠誠を誓ったはずのグラワール湖岸諸侯は、次々にグラワール公スィーラヴァスこそが、真の王にふさわしいと、いわばスィーラヴァスを御輿として担ぎ上げたわけです」
リューンは麦酒を煽りながら、主人の話に耳を傾け続けた。
「ただ当初は、スィーラヴァスも乗り気ではなかった。スィーラヴァスはよく言えば平和を好む……悪く言えば、優柔不断というか、思い切りの悪いところがあるんですな。自分が兄王であるガイナスの王位を簒奪するなんてとんでもない、と。ところが、ガイナス王は、スィーラヴァスの婚約者だった、アンヴリル伯の息女を、慰みものにして殺してしまったのです……」
なんとも陰惨で、ややこしい話だった。
三王国の王家はどこも、こうした血なまぐさい側面を抱えている。
「これに激怒したスィーラヴァスは、グラワール湖岸の諸侯とともに、ついに王家に反旗を翻した。かくて、五年にわたる内戦が幕を開けたと……まあ、つまりはそういう話なわけですよ」
「なんだかなあ」
リューンはなかば呆れて言った。
「結局は、父親と息子が仲が悪いところから始まって、次はたちの悪い兄弟喧嘩ってわけじゃねえか」
「まあ、そうともいえますがね」
ふいに、酒場の主人が暗い目をした。
「ですから、我々グラワリアの民としては……私のようなガイナス派も、あるいはあの忌々しいスィーラヴァスを支持してる連中も……もういい加減、こんな内戦は終わって欲しい、という点では気持ちは同じですな。マシュケルは鍛冶屋と造船所があるんで、派手な破壊や略奪はまぬがれているからいいようなものの、他のところはいろいろと大変らしいですからな……」
グラワリア内戦は、どうやら相当に深刻なものらしい。
もっとも、そうした戦のおかげでリューンのような傭兵が食えているわけだが。
「なるほど、な……」
ふいに、リューンはにやりと笑った。
「スィーラヴァスとガイナス、この二人が生きている限りは、たぶん戦いの決着は簡単にはつかないだろう……だが、逆にいえばだ、『この二人がいなくなれば』、ひょっとするとグラワリアは一つにまとまるかもしれねえってことか」
「いえ、まあ、理屈からいえばそうなりますが」
酒場の主人は困惑したように言った。
「しかし、そうなればグラワリアの王統は途絶えてしまいます。一体、次の王は……」
「簡単なこった」
リューンは、ふいに凄絶な笑みを浮かべると言った。
「もう、昔からの古い血だのなんだのに、こだわる必要はねえ……そういうことだよ。グラワリアの王統なんてくそくらえってなもんで、まったく新しい、王にふさわしい男が王位に就けばいいんじゃねえか? たとえば……」
まるで気安い冗談を言うように、リューンはつぶやいた。
「この、俺とかな」
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