5  突入 

 城門の下は、城壁の厚さぶん、だいたい二十エフテ(約六メートル)ほどの隧道が続いている。

 その向こうでリューンたちを待ち受けていたのは、赤いグラワリアの軍装に身を固めた兵士たちだった。

 ただし、彼らの腕には群青色の布が巻かれている。

 この布こそ、同士討ちをしないようにとスィーラヴァス軍の者が巻いた彼らの証だった。そもそも王弟スィーラヴァスはグラワール公、すなわち王国中央の湖を「領土」として与えられているため、湖を意味する群青こそが公家の象徴の色となっているのだ。

 だが、いま敵兵の群れを目にしたリューンにとって、そんなことはどうでもよかった。

 背から刀身だけで四エフテ(約一・二メートル)はある大剣を引き抜き、凄まじい咆吼を放つ。


「うおおおおおおおおおお!」


 文字通り、最初にマシュケルの城門のなかに足を踏み入れたガイナス軍の兵士として、リューンは一気に敵兵の群れにむかって駆けていった。

 弓兵たちが一斉に矢を引き絞っては放つが、不思議とさえ思えるほどに疾駆するリューンの巨体に矢は一本も当たらなかった。

 まるで、なにかの神の特別な加護でもうけているかのように。


「てやあっ」


 奇声をあげて、リューンが大剣を振りかぶり、手近なスィーラヴァス軍の兵へとたたきつける。


「!」


 その不幸な兵士は槍の柄をかざしてリューンの一撃を受けようとしたが、稲妻にも似た斬撃は槍の柄をあっさりと切断し、その下にあった兵士の兜も頭蓋骨ごとたたき割った。

 脳漿と鮮血が大量にあたりに振りまかれ、おぞましい色合いに周囲を染める。

 次の瞬間には、隣にいた兵士の首が、ごうっという旋風のような音とともに、宙に切り離されていた。


「なっ……」


 後ろに控えていた兵たちが次々に槍を突き出すが、そのことごとくが大剣の刀身によってあっさりとはじき返される。

 首を失った兵士の死体を蹴り飛ばし、リューンはさらにな敵陣の奥へと切り込んでいった。


「うらああああああああああっ」


 もう、あとはめちゃくちゃだ。

 秩序もないもない、混戦状態である。

 なにしろどう暴れてもまわりにいるのは敵兵だけなのだ。

 リューンの攻撃は、面白いようにスィーラヴァス兵にぶち当たった。

 頭蓋を割られる者、肋骨を砕かれるもの、また腹を割かれて臓腑をあふれさせるものや、膝を打ち砕かれた者。

 被害の種類や程度はさまざまだったが、彼らはみな、リューンという荒ぶる神の化身になすすべもなく屠られる犠牲の獣のようだった。


「だれか! 奴をとめろ!」


「リューンだ! 先鋒に、雷鳴団のリューンがきたぞ!」


 その噂が、後ろにぎっしりと詰めていたスィーラヴァス軍に波のように伝わっていく。

 もともとすでにこの攻城戦で恐れられていた男である。

 しかしまさか、一介の傭兵が先鋒をまかされるとは、スィーラヴァス軍も考えてはいなかった。

 ガイナスがそれだけリューンという男を買っている証左でもある。


「アルヴェイアの傭兵如きにやられるな!」


「押せ! 城門にもっと兵をつめさせろ! ここを破られたら、もうおしまいだぞ!」


 実のところ、城門の扉を破壊され、そこから兵の侵入を許した時点でスィーラヴァス側、つまりマシュケルの防備側が負けることはほぼ決定されている。

 とはいえ、それを誰かが認めたが最後、兵の士気は落ち、あとはただ狩られるだけの無力な人間の集合となってしまう。

 言うなれば、スィーラヴァス軍にとってはここが最後の踏ん張りどころなのだ。

 たちまちのうちに、怒濤のような反攻がやってきた。

 リューンに向けて、群青色の布を腕や頭に巻き付けた兵士たちが一斉に襲いかかってくる。

 だが、すでにこの時点で背後の扉は完全に破城槌によって破壊されている。

 新たな雷鳴団の兵士たちが破られた扉をくぐってリューンの左右へと駆け寄っていった。


「お、おらあっ」


 肥満漢のクルールが連接棍をふるうたびに、ぐしゃりという音とともに敵兵の頭蓋や肉体が破壊される。


「ひゃひゃひゃひゃひゃ」


 アシャスの奇声と笑い声と同時に長槍がふるわれると、鉄の穂先で敵兵が無惨に切り裂かれ、また胴体や臓腑ごと貫かれる。

 キリコの僧侶であるイルディスも、冷静かつ的確な動きで敵兵を屠っていた。

 髭面のガラスキスも、冷静にスィーラヴァス兵を倒していく。

 さらに雷鳴団の兵士たちが殺到し、城門前の広場での戦闘を手助けしていた。

 最初はリューン一人が敵陣のただ中に、単身飛び込んだ格好だったのだが、いつしか戦線らしいものができあがり、しかもその戦線はどんどん拡大しているのだ。

 おまけに、後方からは陸続と、破壊された城門の扉を通って、後詰めの兵士たちが補充されてくる。

 もとよりマシュケルを防御している兵士は、総数で二千にも満たなかった。

 彼らは城壁の力をかりて、いままで五倍以上もの敵兵と戦っていたのだ。

 だが、それもどうやら今日で最後、ということになりそうだった。

 リューンたちの戦っている東門だけではなく、攻城塔を使った城壁の上での戦いも、数でガイナス軍がスィーラヴァス軍を圧倒していた。

 まるで固い岩を槌で打ちつけるたびに小さなひびや亀裂がしだいに増え、大きくなっていくかのようにあちこちでスィーラヴァス軍が撤退を始めていく。

 戦とは、戦闘の意志が続いている間までのことである。

 もし一方が、戦うことをあきらめたらどうなるか。

 なにしろこの戦は城塞都市の包囲戦である。

 普通であれば、守勢に立たされた側からすれば逃げ場がない。

 だが、幸か不幸か、このマシュケルの都には唯一、敗走する兵たちの逃げ場が存在した。

 すなわち都の北側に面する、群青色の湖面を持つグラワール湖である。


「くそっ……駄目だ! 街中で戦っても、このままじゃ狩られるだけだ!」


「どうするよ!」


「決まってる……まだ、船が残っているはずだ! こうなりゃ、もうマシュケルはあきらめるしかない! 逃げるぞ! 船に乗ってしまえばこっちのもんだ!」


 もとよりスィーラヴァス軍は、水軍力ではガイナスを圧倒している。

 湖の上の航行は、スィーラヴァス軍からすれば安全地帯を意味するのだ。

 実際、ガイナス軍も何度が軍船で湖側からマシュケルに襲いかかってきたのだが、その攻撃をスィーラヴァス軍の軍船はことごとく跳ね返してきた。

 港にはまだ何隻も、マシュケルを防備する軍船が残っている。

 だが、一隻の、船と剣を組み合わせた意匠を持つ旗を掲げた軍船が、大量の兵士を乗せたまま、港を出港し始めた。

 船と剣の紋章は、このマシュケルの領主であり、スィーラヴァス派諸侯の一人であるマシュケル伯のものである。

 当然といえば当然だが、マシュケル伯こそはマシュケル防衛の指揮官を任されていた。

 その、指揮官の乗っているはずの船が、港から出港を始めている。これがなにを意味するか、どんな愚か者でもその意味はわかった。


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