4 ぶち破る
「くそっ!」
破城槌の動きが、とまる。
どうやらなかにいる連中は、酷い火傷を負ってとても破城槌を動かせる状態ではないようだ。
あるいは、すでに死者もいるのかもしれない。
「せっかくここまできたってのに……おい、いくぞ!」
そう叫ぶと、リューンは上空から降ってくる矢の雨をかいくぐるようにして、破城槌へと駆けていった。
「あひゃひゃ! 隊長の悪い癖が出た!」
そう言いながら、アシャスがやはり笑いながらリューンのあとを追っていく。
「ま、まったく、どうしよもうないんだ」
クルールも、肥満した体をゆるすようにしてリューンたちに続いた。
イルディスやガラスキスも、舌打ちや罵声をあげながらやはりそのあとを追っていく。
「まったく……結局、こうなるのかよ!」
といいつつ、カグラーンも矢の雨を抜けながら破城槌へと走り寄っていった。
リューンが破城槌のところまでなんとか辿り着いたときには、もう破城槌は完全に動きを止めていた。
破城槌の天井の下は高さ十エフテ(約三メートル)ほどであり、そのなかほどに何本もの綱や鎖で、丸太みたいな破城槌本体がぶら下がっている。
破城槌の横には、槌を前方に押し出すための取っ手がいくつも設置されていた。
装甲の下の狭い空間には、香ばしいような独特の異臭が籠もっている。
さらにいえば、熱気も凄かった。
まるで蒸し風呂である。
上からふりかけられた大量の油が、破城槌の装甲の内部にいた兵を、あらたか蒸し焼きにしてしまっていた。
「くそっ」
リューンは狭い空間に体を押し込むと、死体を踏んづけながら前進した。
不謹慎な行為ではあるが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
なにしろ上では、新たな油が準備されているのだから。
とはいえ、煮立てた油もすぐに無限に準備できる、というものではない。
しばし、次の油が降ってくるまでに時間がかかるだろう。
逆にいえば、それまでの時間が勝負である。
「くそっ……ひでえな。みんな蒸し焼きになってやがる」
「あひゃっ……あちちちっ……まだ熱い油も底にたまっているぞっ」
「あ、あついんだな……激しく熱いんだな……」
「お前ら!」
リューンは怒鳴り声をあげた。
「ぎゃあぎゃあわめいている暇があったら、破城槌の取っ手を握れ!」
隊長の命令に、雷鳴団の兵士たちはおとなしく従った。
彼らもぐすぐずしていれば、次の沸騰した油がまもなくやってくることを予想していたのである。
「みんな……取っ手、握ったか?」
「おうよ」
「あいよ」
「ひゃひゃひゃひっ」
さまざまな種類の肯定の声が聞こえてくる。
「じゃあ、一斉に、破城槌を前にむかってふるぞ! いっせーのー……」
リューンたちは、上からつるされた破城槌を前方に、渾身の力を込めて一気に振った。
「せっ」
がん、という衝撃が手元に伝わってくる。
重い破城槌が、マシュケルの城門の扉を叩いたのだ。
だが、まだ二回、叩いた程度では扉は壊れない。
なにしろ要所は鉄板で補強されているのだ。
「くそっ……どんどんいくぞ、せーのっ」
リューンのかけ声とともに、それから何度も何度も、破城槌は扉を殴打した。
しだいに扉を形作る木材がひしゃげる、生々しいばきばきという音が聞こえてきた。
だが、それでもまだ足りない。
「もっとだ! くそっ……おぼこにも限度ってものがある! お前ら、しっかり頑張って、この生娘をぶちぬいてやれ!」
下品きわりまない冗談を言いながら、リューンは破城槌を幾度も振るった。
やがて、扉があがる音が、どこか悲鳴じもたものになってきた。
すでに二十回は、破城槌を打ちつけているはずだ。
さすがに扉も構造上の限界を迎えようとしているらしい。
「急げ! ぐずぐずしていると、頭から熱いお湯をかけられてこんがり灼かれちまうぞ」
実際、そろそろ新たな油が釜に補充されているだろう。
あまり時間をかけていると、このまま油をあげて炒め物にされかねない。
(くそ……間に合うか! こんなところで揚げ物にされて死ぬなんて、冗談じゃねえ! 俺は……俺は、『嵐の王』になるんじゃなかったのか!)
さしものリューンも、焦りに額に汗を滲ませたそのときだった。
「せえのっ」
雷鳴団の団員による、渾身の力をこめた一撃により、ついにマシュケル東門の扉は木材が裂ける音をたてながら、ちょうど人が二人、入れるほどの裂け目を生み出した。
「しめた! いくぞ! 雷鳴団!」
リューンは絶叫すると、扉にかろうじて開いた隙間から、マシュケル城内にむけて最初の一歩を踏み入れた。
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